見出し画像

『Réflexion faite』感想

 初めて、フランス語の本を一冊読み切った。

 きっかけは、VTuberを哲学の領域から研究している山野弘樹氏の講演「VTuberがVTuberとして現出するということ」に参加したことから始まる。彼は、ポール・リクールが『時間と物語』などで築き上げてきた主題とテクストの関係性を、VTuberにおける配信者とアバターの関係に当てはめ、論を構築しており、これが非常に興味深いものだった。

1)ライフハック:本が高ければ原語で探してみよう

 折角だから、ポール・リクールの本を読もうとAmazonで調べてみるとこれがとても高い。ここで、ふと思った。

「原語だったら安いのでは?」

 新宿紀伊國屋書店に行った。ドンピシャだった。手頃な価格で何冊か取り揃えられていた。さすがに初手『物語と時間性の循環――歴史と物語(Temps et récit. Tome I : L'intrigue et le récit historique)』から入るのは、難しそうだったので、100ページくらいの『Réflexion faite』を購入した。本書は、どうやら邦訳されていないようだが、ポール・リクールの自伝本らしい。タイトルを訳すなら「行ったことへの省察」といったところだろうか。

2)自伝とは何か?

 ポール・リクールは冒頭で、自伝とは何かについて日記と比較しながら論じている。日記はありのままを書いているものに対して、自伝は人生にある様々な事象を整理して再構築したものである。そのため、物語に偏りがある。その特性ゆえに、自伝は文学だと語っている。確かに、小説の場合、ある人の人生に焦点を当てる。人生は延々と長回しで描かれる映画のようだ。退屈な場面もあるだろう。それをカットしていき、また時系列をいじって語り直す。日記は、点が並列に等しく並べられるのに対し、自伝はそれを整理していくから点の価値は等しくならないのだろう。

 彼は、自分の手で自伝を描くことにより、歩んできた哲学理論構築のプロセスを再構築しようと試みている。哲学は、例えばジャン=ポール・サルトルだったら『嘔吐』、マルティン・ハイデッガーだったら『存在と時間』、といったように1冊の範囲で語られがちだが、実際には著者のバックグラウンドが非常に重要になってくる。そのため、ポール・リクールを追う者、特に研究者にとっては重要な文献といえる。

3)ロランド・ダルビエとの出会い

 ポール・リクールを哲学研究の道へ誘ったのは、彼が17歳の時、師ロランド・ダルビエと出会ったことだった。当時、文学的観点からギリシャ悲劇、18世紀の哲学者を研究していた。概念の根底にあるものに矛盾や隠されたものがあると研究を進めることになる。教師であるロランド・ダルビエはスコラ学的アプローチ、テキストに流れる理論と関連文献との間の矛盾から議論のポイントを見出し、批判的に読み解く技法を使った研究法を展開。これにポール・リクールは痺れて哲学にのめり込むことになる。好奇心旺盛で落ち着きのない彼にとって刺激的な体験だったとのこと。

4)フッサールやカント派を駆け抜ける

 哲学研究の道に入ると、様々な哲学者の論と論の差や対立に直面する。その当時の緊迫感を捉えようとポール・リクールは試みる。カール・ヤスパースの存在学とエトムント・フッサールの現象学の間の溝や、カント派が自分の論に対して批判してくるがそれが的外れだったりする話を赤裸々に当事者の立場から語っていく。正直、哲学史に疎いため分からない部分も多いのだが、派閥間の軋轢とそれをどのようにすり合わせていくのかの変遷を目の当たりにした。
 
 これは哲学者同士による遠い領域の話ではなく、我々サラリーマンの生活にも当てはまるであろう。

 例えば、取引先の会社がルーズな運用をしている状況があったとしよう。自分たちがミスをすると取引先から強く怒られるが、その逆は軽く済まされてしまう。その状況を上司に伝えたとする。しかし、上手く伝わらない。これは論理的に考えている上司にとって「困ってます」、「ミスしないように対策しています」と伝えるだけでは、「そうですか」と返す他ないのだ。困っている現状があり、それを踏まえて何をしてほしいかを伝えなければ動いてはくれないのだ。あくまで「困ってます」は感情的な話であり、論理派と感情派とでは歯車が合わないのだ。

 それを調整して物事をいい方向に進めていく運動は、哲学者が論を批判的に分析し、議論を交わし新しい視点を見出す活動に近いものがある。

 このように考えると、『Réflexion faite』は親近感ある一冊だったと言えよう。

 面白かったので、『物語と時間性の循環――歴史と物語(Temps et récit. Tome I : L'intrigue et le récit historique)』の原書も購入した。時間はかかると思うが、ゆっくり進めていくとしよう。



映画ブログ『チェ・ブンブンのティーマ』の管理人です。よろしければサポートよろしくお願いします。謎の映画探しの資金として活用させていただきます。