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ヒューマン膨張

「抽出しますか?」

顕微鏡を覗きこみ、スフィアを取り囲む無数の褐色を前に助言を仰いだ。検査番号C11234。観察開始から10日。あれだけ青かったスフィアは今や見る影もない。

「一番大きな個体を抽出してくれ」

スポイトをスフィアへ近づける、上部にピンと聳え立つ褐色に狙いを定めた。

まただ......

ググッと天がまた近くなる。地平線の向こうで蠢く無数の褐色の塊はその活気を失っている。太腿に張り付くものを振り払う。もう彼女には、頼れる者はいない。両親も友達も死んだ。彼女の横には肉体が横たわっている。それすらもう動かない。彼女は、頬を濡らす。雫は大地を揺さぶりナトリウムの湖が形成された。彼女は自由になったが、独りにもなった。そんな彼女が頬を赤くし天を見ると、透明な何かが近づいてくるのに気づいた。彼女すら蹌踉めく疾風、もう失うものはない。彼女はそれに手を伸ばした。引き千切れそうな痛みが全身を包む。痛みがあの日、紫の膜が地球を覆ったあの日へ引き戻そうとしていた。

「たすけて」

閑静な住宅街に轟く少女の声。住民が不安げに家を取り囲む。窓ガラスが割れる。刹那の静寂と共に、耳を塞ぎたくなる程の轟音と共に天井が陥没し、ガラガラと崩れ去った。と同時に、円形状の何かを視認するまもなく、瓦礫が離散した。疾風怒濤、住宅街を木っ端微塵にする。土埃がだんだんと薄くなる。シルエットが浮かぶ。そこには一人の少女がいた。

彼女の名前は英美。一週間前まで140cmクラスで一番背が低かった彼女が2800cm世界で一番大きな少女となった瞬間であった。この時、彼女は知らなかった。膨張したのは彼女だけではないことを。無数に蠢く肉体の塊、足踏まずの戦い、そして果てしない膨張が待ち受けるのであった。

【続く】



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