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【読書感想文】『ビジネス書を捨てよ、街へ出よう』営業は会議室で起きているんじゃない

時は令和。

2020年代の幕開け。

恍惚と照らされる未来に目をキラキラさせていた我々の思う世界はやってこなかった。新型コロナウイルスが世界規模で蔓延した。東京オリンピックは2020年から姿を消した。今までの不況と違い、意識高い系が声高らかに叫びそうな「そんなに今が嫌ならば海外に行けばいいじゃん」という言葉は通用しない。世界全体が袋の鼠に追い込まれたのだ。

そんな中、飄々と人生を遊び倒している男がいる。

彼の名前は、高山洋平である。

株式会社おくりバントという広告会社を運営している男だ。彼のTweetを見ると、他の数多あるギラギラしたベンチャー企業の社長と一線を画している。ある時は、釣りをしていたり、ある時はお酒の勢いで『スペース・カウボーイ』たる謎の映画を毎日アップしたりしている。今はBBQに精を出している。彼はいったいいつ仕事しているのだろうか?

↑高山氏の動画企画は私が映画の伝道師として全話考察しました。


ありふれたことは言わない、燃えて燃えて燃えて、あざやかな黄色の乱玉の花火のごとく、爆発するとクモのように星々のあいだで広がり、真ん中でポッと青く光って、みんなに「ああ!」と溜め息をつかせる

というケルアックの言葉が最も似合う彼が己の哲学を一冊の本に凝縮した。それが『ビジネス書を捨てよ、街へ出ようプロ営業師の仕事術 』だ。出版前から、彼はこう語る。

「すぐに捨ててください。」

果たしてどういうことなのだろうか?

私は『ファイト・クラブ』のブラッド・ピットに導かれるような面持ちで、彼の世界に飛び込んでみました。

【『ビジネス書を捨てよ、街へ出よう』概要】

マンガ・コンビニ・チェーン系グルメ・個室ビデオ=「社会人の教材」
味変調味料=「社内コミュニケーションの促進剤」
きわどいジョーク=「新規営業のツール」……このおじさん一体何者<? br>「仕事が楽しくない」「なかなか結果が出ない」「コミュニケーションが苦手」……そんな悩みを抱えるビジネスマンにとって、この本は大きなブレイクスルーとなるでしょう。
本書は、最近伸び悩んでいる若手社員に、ちょっと変わった広告会社「おくりバント」の社長が〝仕事のイロハ〟を教えるというストーリー形式で、社会人が楽しく働きながら突き抜けるための学びやコミュニケーションの技を紹介します。
※Amazonより引用

書名:ビジネス書を捨てよ、街へ出ようプロ営業師の仕事術
著者:高山洋平
出版年月日:2020/11/06
出版社:総合法令出版

1.ビジネス書という名の邪悪なすみっコぐらし

ビジネス書とすみっコぐらしは似ている。

すみっコぐらしの沼は深い。500~1,000円くらいで買える小さくて可愛らしいぬいぐるみは、気がつけば一体、また一体と貴方の家を侵食し、いつの間にか住んでいる者がすみっ コになってしまう魔力を持っている。ビジネス書も同様だ。1冊、また1冊と貴方の本棚を埋め尽くしてしまう。すみっコぐらしは癒しを与えてくれるのだが、ビジネス書は「学んだ気になる」という空虚を与え、知らず知らずのうちに読む者を思考停止に追い込む存在だ。書いてあることは至極真面目であり、常識的なことが多く、誰でもできそうなことばかりだ。しかし誰でもできそうだからこそ、「学んだ気になる」錯覚を引き起こしやすい。そして、本は増えるのだが、ちっとも会社で成果を出せなくなり、また1冊ビジネス書をお迎えしてしまう負のスパイラルに陥ってしまうのだ。

それに対して彼は槍を突き刺した。

「ビジネス書を捨てよ」と。

彼はこの本ですらビジネス書にあたるため、読んだら捨てて街に出てくださいと訴えている。そして街のすみっコに佇む師匠の存在を次々と紹介していくのである。コンビニからスナック、個室ビデオといった通俗に見えるところにこそ人間があり、ビジネスのヒントがあるのだと豪語する彼はまさしく山岡士郎のようだ。

2.合理化の名の下我々が忘れてしまった「サボり」の美学

さて、近年仕事の効率化、合理化が叫ばれ、残業は厳しく管理されている。PCの企業によってはアクセス状況が常に監視されており、関係ないページを見れば怒られる窮屈な社会となっている。そんな環境でイノベーションは起こせるのだろうか?

「サボり=悪」という正義の方程式に囚われていないだろうか?高山氏によれば、最初は30分程度のサボりから始まったそうだ。漫画喫茶でサボるといったのを計画的に行う。それを徐々に増やしていった。サボった時間以外は仕事に全集中し、短時間で結果を残すように努力していった。

彼は本書の主人公である真部誠に「コンビニのダイエットフードをリサーチしてくれ」と頼む。実際にコンビニに行くと多種多様なサラダチキンがあり、コンビニ各社でしのぎを削っていることが分かる。「コンビニは時流を映すメディア」故、いかに世間がダイエットに関心があるのかがサラダチキン事情一つにフォーカス当てるだけで分かるのだ。

このように、我々が何気なく通っている場所にこそ営業の隠れたヒントが隠されているのである。それはビジネス書には書いていない。本書のみが教えてくれるヒントである。

3.貴方はビジネス書の図を理解しているのだろうか?

大抵のビジネス書には、図や表がついている。

フローチャート、マトリックス図、二軸グラフetc......これらを理解できているだろうか?

それを試すように、高山氏はシュールな図解を罠として忍ばせている。例えば、34ページに記載されている「営業の基本は"やさしさ"」という図に注目していただきたい。「コミュニケーション力」「想像力」「分析力」という物を支えるように、「漫画」「喫茶店」「映画」といった要素が配置され、縁の下の力持ちをアピールしているのである。まるでプリンアラモードのような造形をしている図は、ユーモアとハッタリで構成されている。思わず、見とれて鵜呑みにしてしまいそうな魔力持つこの図に高山氏のビジネス書に対する鋭い批評が隠されています。時たま垣間見えるシュールな図や表がスパイスとなっているのです。

4.無意識なる見下しが遊びを奪う

真部誠は営業の極意を学ぶために高山氏の下につくのだが、彼は漫画を読んでばかりでモヤモヤしている。そんな真部に高山氏は「営業マンは、やさしくなければ務まらない」と語り、『刀牙』や『イカれた不良おやじ』を無意識に軽蔑してしまっている彼のアクションを見抜く。

「人は見た目が9割」というけれども、営業の本質は多種多様の人間を理解することが重要である。表面的嫌悪は、その事象の深みにある良さを知らないだけである。高山氏にとって漫画は最大のビジネス書なのだ。人間がおり、生きるヒントが隠されている宝の山なのだ。無意識による軽蔑により、森羅万象の師匠から学ぶ機会を失っていることの勿体無さを強調している。多くのビジネス書がフンワリと概念を伝え、「差別はだめだ」と当たり障りのないことを言うのに対し、ここでは具体例として『刀牙』や『イカれた不良おやじ』などを挙げている。これが強固な説得力に繋がっていると言えよう。

5.『美味しんぼ』から読む洞察力の鍛錬

洞察力を磨くには自分の「好き」を掘り下げるのが近道だ。映画でも漫画でもいい。好きを掘り下げて、自分の理論を構築できるとそれだけで話す話題が増える。ここでは『美味しんぼ』を例に挙げている。『美味しんぼ』では、不良社員の山岡士郎が一癖二癖ある者に料理で決着つける漫画だ。大抵は、不良ながらもこことぞ言う時にCTスキャンを使った米密度比較、あん肝を切り札に使うなどといった意外な手法、食材選びでライバルや敵を蹴散らしていく山岡士郎の生き様に注目しがちだ。しかしながら、高山氏は『美味しんぼ』を深く洞察し、無茶苦茶で破天荒な山岡士郎や一癖二癖ある職人と折り合いをつけていく周囲の人のアクションにこそ本作の魅力があると見出した。このように好きなことを掘り下げることによって、自分だけの意外な視点が生まれ営業トークの血となり肉となるのである。

6.修羅場に愛される男から、修羅場を愛する男になれ

高山氏は幾多の修羅場を乗り越えてきた男だ。そんな彼は、定時直前に上司から振られる仕事の断り方や、LINEに書いた悪口が本人に誤爆してしまった際の修羅場に対する華麗な乗り越え方を伝授してくれる。

「トラブルはオレのミドルネームだ」

と寺沢武一『ゴクウ』の名台詞を引用し、背筋がゾッとするような修羅場や逃げたくなる事案を突破してみせる。あくまで大事なのは、冷静にエンターテイナーとして修羅場を愛してみせることである。時に架空の家族を創造し即興で作り話をする。アドウェイズ岡村社長のお怒りメールをLINEで送ったら本人に届いてしまった事案では、とある漫画を使った起死回生の言い訳で難を逃れたりと、『アンカット・ダイヤモンド』のアダム・サンドラーも驚愕するような話術で切り抜ける様は痛快である。

と同時に修羅場に愛されるくらいなら修羅場を愛してやるという器の大きさを魅せつけられ感動を覚える。そして、修羅場を乗り越えるためには、サボりから得た知識が重要となってくることがよくわかります。

7.ビジネス書を捨てよ、街へ出よう

なるほど、『ビジネス書を捨てよ、街へ出よう』は抽象的ふわふわしたものに満ち溢れ、人々から時間と金を奪っているものに対してルノアール、たらみのカロリーゼロゼリー、『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー2』などといった具体例を用いることで、高カロリーなビジネス書へと昇華しているわけだ。そしてそれができるのも、ビジネス書というものをサボりの中で研究した結果が現れている。円環構造のように、本書も「捨てる」対象となるのだが、その重要性をTwitterで自ら訴える力強いパフォーマンス込みで面白い代物でした。

私も明日からこう言おう。

「かまわないさトラブルはオレのミドルネームだ」



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