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カイエ・デュ・シネマベスト2022作品紹介

こんばんは、チェ・ブンブンです。

先日、カイエ・デュ・シネマベスト2022が発表されました。今回は『パシフィクション』といったアート作品から『NOPE/ノープ』といった娯楽作、さらにはNetflixで配信されたアニメーションなどとバラエティ豊かな作品が選出されて興味深いラインナップとなっていました。また、通常であれば選出されるはずのデヴィッド・クローネンバーグの新作が落選しているところも注目です。

せっかくなので、作品紹介やカイエ・デュ・シネマのコメントをまとめた記事を書きました。

1.パシフィクション(PACIFICTION)

監督:アルベール・セラ
出演:ブノワ・マジメル、パホア・マハガファナウ、マルク・スジーニ、セルジ・ロペス、ルイス・セラー、Montse Triola etc

『ルイ14世の死』で知られているアルベール・セラ監督最新作。日本では、第35回東京国際映画祭で上映され、賛否両論の渦に巻き込んだ。アルベール・セラ監督といえば、物語の外側を描くことを得意とする監督である。例えば、騎士の名誉ではドン・キホーテをテーマにした作品にもかかわらず、風車に突進する等の有名な挿話を一切入れることなく、ただ荒野を歩くサンチョ・パンサとドン・キホーテを描いている。映画とは、ある意味人生のダイジェストを切り貼りしたファスト人生のようなものであり、アルベール・セラはその行間に関心があるようだ。本作は、フランス領ポリネシアの島を舞台にしたフィルム・ノワールとなっている。鑑賞した方の感想をうかがうに、決定的な瞬間が起きそうで起きない空気感をひたすら醸し出す作品に仕上がっているとのこと。現実でも、日常を送っている時、ニュースで不穏なことが語られていても、すぐには現実に影響を及ぼさない。間伸びした時が流れる。その空気感を再現しているのではないだろうか。

カイエ・デュ・シネマは以下のようにコメントしています。

Pacifiction – Tourment sur les îles est un film ahurissant, un grand paquebot à la dérive sur un océan de rêves obscurs, un magma de fictions grouillantes, reparti injustement bredouille de Cannes tout en étant le seul à braver l’inconnu, ce territoire de cinéma à la fois réel et fantasmé que Chris Marker aurait appelé un « dépays ».
訳:『パシフィクション』は、曖昧な夢の海に漂う大型客船、溢れ出る虚構のマグマであり、クリス・マルケルの「LE DÉPAYS」※ともいえる現実でありながらも幻想的である映画の領域だ。未知の領域に挑んだ唯一の作品でありながらも、不当にカンヌを手ぶらで去った作品である。

Allocinéより引用

※クリス・マルケルの「LE DÉPAYS」とは、東京をテーマにした写真集である。

2.リコリス・ピザ(LICORICE PIZZA)

監督:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:アラナ・ハイム、クーパー・ホフマン、ショーン・ペン、トム・ウェイツ、ブラッドリー・クーパー、ベニー・サフディ

インヒアレント・ヴァイスファントム・スレッドに引き続き3度目の選出となったポール・トーマス・アンダーソン最新作。なんで、2位にポール・トーマス・アンダーソンが?と思うかも知れません。逆張りしそうなカイエ・デュ・シネマで上位に有名どころが来るのは意外だと思う。しかし、以下の3点を踏まえるとこの選出に納得がいくかも知れません。

■『インヒアレント・ヴァイス』路線のポール・トーマス・アンダーソン映画だった。

カイエ・デュ・シネマは毎回、ある傾向の作品を選出する。また同じ監督の作品を選出する。今回の『リコリス・ピザ』は『インヒアレント・ヴァイス』と似ていたから選出された可能性がある。

■バカンス映画だから。

カイエ・デュ・シネマはバカンス映画を好んで選出する。直近だと『みんなのヴァカンス』や『8月のエバ』が選出されている。本作は青春時代というある種のバカンスを描いた作品といえるだろう。

■中盤のシーンが凄すぎたから。

ポール・トーマス・アンダーソンはメルビンとハワードのオマージュを頻繁に挿入する傾向がある。今回の場合、ショーン・ペン演じる男が乗るバイクと対決をする場面でカッコいいショットを魅せている。それ以降の演出においても注目だ。なぜならば、映画でしか観られないような運動を提示しているからだ。特に坂を逆走で降っていく手汗握るアクションは『恐怖の報酬』さながら。恐らく、これらの場面に惹き込まれたのでしょう。

3.NOPE / ノープ(NOPE)

監督:ジョーダン・ピール
出演:ダニエル・カルーヤ、キキ・パーマー、スティーヴン・ユァン、マイケル・ウィンコットetc

長編デビュー作にしてカイエ・デュ・シネマベストに選出されたジョーダン・ピール。彼の最新作『NOPE/ノープ』が見事ランクイン。カイエ・デュ・シネマでは、時としてジャンル映画を入れる。『クローバーフィールド/HAKAISHA』や『SUPER8/スーパーエイト』がその例であろう。今回は『未知との遭遇』を意識したような作品でありながらも、マイブリッジの『動く馬』の引用から始まる本格的な映画史映画となっていた。そして、眼差しによる西部劇ともいえる演出が随所に観られ、終盤には様々な時代のカメラを使ってUFOと思しき存在をShotしようとする熱い展開が待っていた。

カイエ・デュ・シネマは本作の美しさを

・ヘルツォーク的なロマンチシズム
・シャマラン的な黒魔術
・スピルバーグ的な叙事詩

などといったものを飲み込むスフィンクス的能力にあると評価している。ついつい、往年の名作と重ねて語りたくなるシネフィル心揺さぶる作品だった。一見すると、滑稽に見えるジャンル映画だが、そこに隠された理論の深さにカイエ・デュ・シネマもニッコリという訳だ。

4.EO(EO)※2023/5/5日本公開

監督:イエジー・スコリモフスキ
出演:サンドラ・ドルジマルスカ、イザベル・ユペール、ロレンツォ・ズルゾロ、マテウシュ・コシチュキェヴィチ

先日、ポーランド映画祭で上映されたイエジー・スコリモフスキ最新作が選出。本作はロベール・ブレッソンの『バルタザールどこへ行く』にオマージュを捧げた作品となっている。サーカスから連れ出されたロバの放浪の旅を描いた作品だが、逆再生や真っ赤に染まる画、誰の目線か分からぬ走馬灯のような視点が特徴的な作品である。この遊び心はジョン・ウォーターズの心も鷲掴みにし、彼の2022年ベストテンにも選ばれた。

カイエ・デュ・シネマでは、『EO』と『バルタザールどこへ行く』におけるロバの共通点を取り上げており、搾取され続け運命に完全に屈服しているわけでもない点を評価している模様。

5.偶然と想像(CONTES DU HASARD ET AUTRES FANTAISIES)

監督:濱口竜介
出演:古川琴音、中島歩、玄理(玄里)

カイエ・デュ・シネマの表紙を飾った作品は、ベストテンに選出される傾向がある。『パシフィクション』も表紙を飾った作品なので1位に輝いた。もちろん、例外もある。THE BATMAN ザ・バットマンはAllocinéでの評価も高く、表紙を飾ったにもかかわらず落選している。しかも、本誌を読むと結構「否」寄りな星評となっている。

さて、2022年は濱口竜介特集号が組まれた年である。そして、ベストに選ばれたのは『偶然と想像』であった。ホン・サンスズームの応用例を魅せた本作が選ばれるのも当然の結果であろう。

カイエ・デュ・シネマは以下のようにコメントを残している。

Chacune des trois histoires observe un langage chargé au plus haut niveau d’intensité : appel à l’acte (le souvenir encore vivace d’une relation amoureuse), provocations de langage (la lecture déplacée d’un texte indécent dans un bureau de fac), adresses émotionnelles de plus en plus amples (la reconnaissance et le partage des émotions enfouies de l’adolescence).
訳:3つの物語では、行動への呼びかけ(まだ鮮明な恋愛の記憶)、言葉の挑発(大学の事務室で不適切なわいせつ文章を読むこと)、ますます広がる感情への対処(思春期の埋もれた感情の認識と共有)、それぞれ最高レベルの強度に達した言語が観察されます。

Allocinéより引用

6.SATURN BOWLING(BOWLING SATURNE)

監督:パトリシア・マズィ
出演:Patricia Mazuy, Yves Thomas etc

日本ではあまり知られていないものの、カイエ・デュ・シネマベストテンの常連監督であるパトリシア・マズィ4度目の選出となった作品。野心的な警察官であるギヨームがボウリング場を相続したことで、暴力の渦に絡め取られる内容とのこと。前作、ポール・サンチェスが戻ってきた!に引き続き刑事を物語の中心に置く作品となっている。前作が光に対し、今回は闇の刑事物といった感じでしょうか。実際に、カイエ・デュ・シネマの評を読むと、フィルム・ノワールを引用しながらも距離を置く作品になっているとのこと。また音楽に頼るのではなく沈黙を活用した作劇に仕上がっているそうだ。予告編を観ると、ニコラス・ウィンディング・レフンを彷彿とさせるものとなっており観たくなります。

↑Knights of Odessaさんが評をアップしていました。

7.アポロ10号 1/2:宇宙時代のアドベンチャー(APOLLO 10 1⁄2: A SPACE AGE CHILDHOOD)

監督:リチャード・リンクレイター
主演:グレン・パウエル、ザッカリー・リーヴァイ、ジャック・ブラック、ジョシュ・ウィギンスetc

ビフォア3部作や『6才のボクが、大人になるまで。』、『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中になどで知られるリチャード・リンクレイター最新作。日本では4月にNetflixで配信されていたもののTwitterではあまり話題になっていなかった。私も、カイエ・デュ・シネマがベストに選ぶまで存在すら知らなかった作品である。

本作は、ロトスコープを使ったアニメーションである。リチャード・リンクレイター監督は、以前にも『ウェイキング・ライフ』、『スキャナー・ダークリー』でロトスコープアニメーションを制作していた。『アポロ10号 1/2:宇宙時代のアドベンチャー』はその集大成ともいえる。我々は幼少期に観た映画やドラマを思い出す時、具体的に、だが抽象的に頭の中でイメージすることでしょう。それを視覚的に表現する方法としてロトスコープは有効である。実際の映像をトレースする。しかし、正確にではなく、遊びを入れた形でトレースすることで我々の脳裏を再現することに成功している。映画は、途中で宇宙計画から脱線し、1960年代の文化史を紡ぐことからもわかる通り、本作はリチャード・リンクレイターの自伝的作品なのである。Allocinéには残念ながらカイエ・デュ・シネマの短評は掲載されていなかったが、2022年重要な作品の1本だと私も思う。

8.イントロダクション(INTRODUCTION)

監督:ホン・サンス
出演:シン・ソクホ、パク・ミソ、キム・ヨンホetc

2005年の映画館の恋以降、毎回といっていいほど、それも編集部が変わってもカイエ・デュ・シネマが選び続けるホン・サンス作品。今回で9本目の選出(ちなみにゴダールは25回+1回)となる。『イントロダクション』は20分程度の短編3つからなる作品。カイエ・デュ・シネマは以下のように語っています。

L’art de Hong Sang-soo en est désormais arrivé à ce stade suprême de frugalité, de modestie et de délicatesse qu’il n’a plus besoin de jouer sur autre chose que sur l’ampleur des vides qui parsèment ses récits, maître du manque et des lisières, qui ne saisit plus de la douleur d’aimer que le versant aveugle, indicible.
訳:ホン・サンスの芸術は今や、彼の物語に点在する空洞の程度以外のもので勝負する必要がないほど、質素で謙虚で繊細な至高の段階に達している。欠落と縁の達人である彼は、愛することの痛みの盲目的で言葉にならない側面だけを捉えているのだ。

Allocinéより引用

9.NOBODY'S HERO(VIENS JE T’EMMÈNE)

監督:アラン・ギロディ
出演:Alain Guiraudie, Laurent Lunetta etc

湖の見知らぬ男で知られるアラン・ギロディ最新作は、テロの恐怖と肉欲を絡めた複雑な人間ドラマを紡いでいるようだ。Varietyの評によれば、過激派によるテロが発生したフランスの都市クレルモン=フェランを舞台に、ホームレスであるイスラム教徒の若者に味方する白人を中心に複雑な人間関係を紡ぐことで、フランス社会にある偏見に鋭いメスを入れた作品とのこと。話を聞く限りでは、ブリュノ・デュモン『フランス』や『ハデウェイヒを彷彿とさせる作品に仕上がっているようで、今までのアラン・ギロディ作品とは異なる雰囲気を味わえるのではないかと期待している。

10.WHO’S STOPPING US(QUI À PART NOUS)

監督:ホナス・トルエバ
出演:Candela Recio, Pablo Hoyos, Silvio Aguilar etc

第69回サン・セバスティアン国際映画祭にて4冠(国際批評家連盟賞/Feroz Zinemaldia Award/SIGNIS Award/Silver Seashell)を獲得した作品。ホナス・トルエバ監督の前作『8月のエバ』は、2020年のカイエ・デュ・シネマベストに選ばれている。本作は3時間40分3部構成からなるドキュメンタリーとフィクションが交わった作品である。

2016年から2021年にかけて撮影されたマドリードの高校生の肖像は、劇中にワークショップで学生たちが考えたシナリオを取り込みながら政治やジェンダー問題に切り込む作品に仕上がっているとのこと。予告編を観ると、コロナ禍で映画制作を行なった関係だろうか、リモートで議論を交わしている様子がうかがえる。

カイエ・デュ・シネマは以下のようにコメントを残している。

C’est pourquoi ces 3h40 divisées en trois parties (dont chacune a sa cohérence) passent si vite : les êtres filmés, la forme du film et notre regard de spectateur ne cessent d’évoluer ensemble, pris dans un même élan vital.
訳:だからこそ、3時間40分の3部構成(それぞれにまとまりがある)があっという間に終わってしまう。撮影された人々、映画の形態、そして観客である我々の視点は、同じ生命力に巻き込まれながら、ともに進化し続けるのだ。

Allocinéより引用

最後に

今回は、スペースで執筆配信しながら書きました。初めて話し続けながら書いてみたのだが、かなり頭使いますね。YouTuberなどで活動している配信者の凄さが改めてわかりました。

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