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第一章 北へ   vol.5

1997年5月から10月まで

7 第一章 北へ

カラス

8 カラス

神社の境内で勝手にテントを張って寝た次の日の朝、外の騒々しさに目が覚めた。
誰かいる⁉
自転車の周りに何人か居て、何かをしゃべっている。
神社なんかで寝るんじゃなかった……。
きっと氏神様たちが僕の自転車を、「これって何段変速?」「このハンドル、ドロップ式だぜ」とか言いながら勝手にいじくっているに違いない。
そう思いながらてよくよく聞いていたら、なんて事はない、カラスだった。
えっ……そんなにカラスってしゃべれたの?
『アー』っていう気の抜けた鳴き声しか発しないとばかり思っていたのだが、人間のいない所では、こんなにまでバラエティー豊かに喋れたんですね、カラス。
 ちょっと驚かせてやろうと、テントのジッパーを開け、うわぁ! と子叫びを上げながら飛び出してみた。
「うわぁっ、何すんすかぁ、止めて下さいよぉぉ」
みたいなリアクションを期待してたのに、4.5羽のカラスがビクともしなかった。羽の1枚も揺れない。


「で?」


一番手前にいた、極太眉毛の大門課長みたいなカラスが、僕に冷たい目線で見つめている。
「何、ニート、暇じゃないんだけど」
他のカラスも僕を睨みつけながら、自転車のサイドバックを強引にこじ開け、食パンをムシャムシャと食べていた。
「あのぉ………それ、僕のです……」
間違えていませんか? と一応尋ねたものの、無視。
言葉が分からないのか、それとも分かっていてシカトしているのか、僕の問いかけに一切気にかけず、食べるのを止めない。
パンをグイと引き千切り、くちばしを天に向けて喉を「んっんっ」と鳴らしながら飲み込み、ふぅと一息をついてまた、パンを頬張っている。
半グレのようなカラスたちが、モーニングを満喫している。
ち…ちきしょう、こちとらホモサピエンスだ、なめんな! こんこんちきめ!
枕替わりにしていたウエストポーチを開け、何か武器になりそうな物をまさぐった。
「こ…これだっ!」
10徳ナイフを引っ張りだした。
よしっ、これで奴らを追い払おう、と決めたのだが、ここでひとつ迷った。
10徳ナイフのどれがカラス撃退用なんだろう……。
栓抜き、缶切り、プラスとマイナスドライバー、爪切り、やすり、耳かき…。
ど…どれだ……。
悩んだ末、ワイン抜きにする事にした。このグルグルのらせんの感じが、狂人じみて迫力がある。これをカラス達にちらつかせ、
おぅ、おぅ、おぅ! これでテメーラの目ン玉をほじくり出してやろうかぁ!
と啖呵を切れば、カラスたちは逃げる事であろう。 よしっいくぞ!


「おぅ、おぅ、おふぅ」


イキるのが下手すぎて、力の抜けた啖呵になってしまった。
でも、カラス達は食べるのを止めてくれた。
上手くパンを飲み込めないカラスが、くちばしで噛み続けている。
まるでガムをくちゃくちゃとしている不良のようだった。
一匹のカラスの胸元が白くイナズマのように波打っている模様があり、タトゥーみたいで迫力がある。
ビニールを食べてしまっていたカラスが、地面に向かってペッと吐いた。
僕の顔を睨みつけたまま、ペッと吐いた。
全員の目つきが鋭(するど)すぎる。
もう話し合いが通じる雰囲気ではなくなってしまった。
大門課長がクエーとひとつ鳴いた。
それに続き、他のカラス達も鳴いた。いや…吠えた。
咆哮(ほうこう)と言っていい。
でも、僕はだじろむ訳にはいかない。相手はカラスだ、勝てるハズ……多分…武器もあるし!
一発触発の睨みあいが、朝の神社の境内でカラスと人がしている。
僕は、ウルトラマンの変身の前のようなポーズのように、ワインコルクを高々と掲げた。ビビらせたかった。
そしたら何羽か、後ろにたじろいだ。よしっ!
今度はそれをカラス達に向かって突き付けた。
全員がビクッとなった。よしっ、今だ!
「これで、てめーぇぇらの目だ・めゃにゃひんひん・むぅぅ……」
久しぶりに誰かと会話をしたので、思いっきり噛んでしまった……。
カラス達が小刻みに揺れている。
たぶん、笑っているのだと思う。
そしたら、一羽が飛び立った。他のカラス達も飛び立った。
みんな、カーカーと僕に向かって鳴いている。
たぶん、僕を嘲笑しているのであろう。
グレムリンのように食い散らかされた自転車に近づいた。
ご丁寧にカバンにフンがついている。
朝の太陽の日差しが、僕を照らしつけてくる。
カラスの笑い声が、だんだんと小さくなっていく。

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