【南大沢土木構造物めぐり】No.13 2019年台風19号による、道路盛土斜面崩壊と復旧記録
表紙の写真は、2019年台風19号で被災した道路盛土斜面です。地すべりが発生し、斜面の下部が陥没し、法面の植栽や歩道の手すりが見えなくなってしまっています。これは、急傾斜地のような場所ではなく、駅にほど近い大通り沿いの盛土斜面で発生しました。これにより、崩壊部分の上部に位置する歩道は1年半にわたり通行止めになり、2021年3月まで災害復旧工事が行われ、2021年3月31日に再び供用を開始しました。(※下部の都道歩道部分は、引き続き水道管補強工事のために2021年4月現在、通行止めが継続中です。)
この災害、私の居住している場所に程近い場所で発生し、発生直後の状況を目撃していたため、常に観察・記録をするようにしていました。今回は、この内容を災害発生から復旧工事、復旧完了までをまとめてみました。(非常に長文になるので、わからないところなどは適宜読み飛ばしていただいても大丈夫です。)
2019年10月12日、台風19号が全国各地を直撃し、大きな被害を及ぼしたことは記憶に新しいでしょう。長野県では千曲川が氾濫し、北陸新幹線の車庫が浸水したり、神奈川県では川崎市の武蔵小杉駅周辺で内水氾濫が発生するなど、日本各地で甚大な被害が発生しました。
八王子市でも、市役所のHPによると、24時間降水量が上恩方地区で626.5mm(時間最大70mm/h)という記録的大雨を記録し、市内を流れる浅川や多摩川が氾濫危険水位を上回り、人的被害(死者・けが人)は無かったものの、物的被害1,071件を記録し、甚大な被害を及ぼしました。
【台風19号による八王子市の被災状況】(八王子市HP)
https://www.city.hachioji.tokyo.jp/emegency/001/p025599_d/fil/hisaijuukyuu0205.pdf
この被災状況の中で、わが町・南大沢で被災した構造物が記載されています。上記リンクのサイトは、2020年2月現在なので、台風から4か月後の被害状況ですが、4ページ目に下記の記載があります。
【市道】
南大沢5丁目付近 由木644号線 多摩ニュータウン通り法面崩壊につき歩専道通行止め(都道歩道部も通行止め)
この崩壊、山岳地帯の斜面などではなく、普通の道路法面において発生しました。急傾斜地でもないこの斜面がなぜ崩れたのか?その被災状況ならびに復旧状況を確認しながら考察してみましょう。
【2019年10月13日 台風翌日】
もう一度表紙の写真を再掲します。斜面崩壊したのは、多摩ニュータウン通りの主要道、多摩ニュータウン通りの脇の法面で、上部に遊歩道がある斜面です。遊歩道自体は何事も無かったように見えますが、植栽と手すりが見えなくなるくらい陥没(地すべり)を起こしています。歩道の舗装の下部の土が一部流出しているものと思われます。
地すべりの状況を多摩ニュータウン通りの反対側から見た写真を下記に示します。植栽の下から水が滝のように流出しているのが見えます。植栽が地すべりによって前進し、ニュータウン通りの歩道に向けてせり出しているように見えます。流出している水で、車道の一部が冠水したような状態となり、警察が出て交通整理をしていましたが、車道が通行止めになることはありませんでした。現場に「東京都水道局」の車が止まっていたので、水が噴き出している原因の一つに、「水道管の破損」が考えられましたが、台風直後に地すべりが発生しているので、地すべりが原因で水道管が破損したか、逆に水道管が破損して地すべりが発生したことが考えられました。(原因は特に公表されていないので不明です。)
【2019年10月14日 応急処置】
滝のように流れていた水の流出はどうやら収まり、ブルーシートで覆われている部分から部分的に水が多く出ている様子でした。破損した水道管からの水の供給を停止したから、水の噴出が止まったのと、大雨による地下水の流出が収束したことが原因と考えられます。歩道部に「トンパック」が設置されました。斜面崩壊を防ぐために応急の土留め壁の役割を期待しているようです。
【2019年12月28日 地すべり計測機器設置 しばらく様子見】
崩壊した箇所の上部にも、ブルーシートを設置し、崩壊した土砂に雨水が入らない措置が取られました。また、観測用のボーリング孔(中に傾斜計が入っているものと思われる)と伸縮計、電源ボックスが設置されました。崩壊防止の応急措置を行い、斜面の挙動を自動計測し、その間に復旧方法の設計や工事の準備をしているようでした。地すべり対策は、工事を行わないまま年越しを迎えることになりました。多摩ニュータウン通りは、東京オリンピックの自転車競技コースにあたるので、おそらくオリンピックまでには工事を終わらせるのではないかと思っていました。
【2020年8月 工事開始】
2020年8月に、本格的に工事が始まり、下記のような工事看板が設置されました。着工は6月下旬とあるので、最初は水道管の撤去など、小規模な工事が先に行われていたのかもしれません。このころはすでに東京オリンピックの延期が決まっていたのですが、工期末が2021年2月下旬までと長期間になると聞き、大掛かりな工事が始まることを知りました。
工事概要、こちらに転記します。
【工事件名】 市道由木644号線道路災害復旧工事
【工事工期】 2020年6月下旬~2021年2月下旬(最終的に3月下旬に延長)
【工事概要】 崩壊土砂掘削4,440m3、採取土盛土3,890m3
法面整形工1,182m2
【発注者】 八王子市道路交通部建設課
【受注者】 有限会社 浅川土木
この画像は、上記の工事看板の断面図の拡大です。この図から、地すべり時に発生した斜面崩壊のメカニズムと、これから行おうとする対策工の方法が何となく推定することができます。ちょっと難解かもしれませんが、少し簡単に説明しましょう。
【地すべり原因の考察】
断面図に円弧状に「すべり面(推定ライン)」と書かれた線が描かれています。これが推定される今回の崩壊ラインです。地すべりは、基本的にはこのような「円弧の形に」すべることが多いです。すべり線の深さまでの土は、3か所で実施された「調査ボーリング」により土質調査が行われていて、すべり面より上部は、水を通しやすい砂の地層で、すべり面より下部は、水を通しにくい粘土の地層になっています。粘土の地層は、この地域に広く分布する「関東ローム」と呼ばれる水を通しにくい層と思われます。関東ロームの上にあまり自然に砂層が堆積することは無いので、崩壊した砂の地層は、ニュータウン開発の造成の際に盛土をした層と推察されます。今回のような大雨が降ると、下部のローム層は水を通しにくいので、水の行き場がなくなり、たまり水が斜面を押し出す形になり、崩壊が発生し、水道管を破損したのではないかと推察されます。(あくまで私見ですが・・)
もう少し考察を進めます。下記は埼玉大学の「今昔マップ」を用いて、崩壊箇所の過去と現在の地形を比較した地図を示したものです。今回崩壊した斜面は、旧版地図(1927~1939年)の「内裏谷戸」と書かれた集落の部分に位置し、多摩ニュータウン通りから分岐する一つの谷戸があったところです。これは、小山内裏公園の「大田切池」から続く、大田川の最上流にあたる谷戸です。現在は暗渠化されています。谷戸の状況は、別途記事で紹介しているので、参考にしてください。
谷戸は、関東ローム層が削られた部分になっており、谷戸の先端からは、湧水が出ることから、谷底には水田が発達し、谷の縁部には耕作に便利で水が得やすい場所なので、ところどころに集落が発達します。この谷戸は、ニュータウン造成の際に一部埋められていて、今回崩落した部分は、谷戸の「谷埋め盛土」部分と切土部分の境界部にあたるのではないかと推察されます。このような場所は、地震時に斜面崩壊するなどの課題が報告されており、造成地での災害対策の課題にすべき箇所であると言えます。
【工事方法についての解説】
今回取られる対策ならびに工事の手順は、ざっとこんな感じです。①崩壊した土砂をすべて取り除き、その下部の土を補強し、階段状に固めることで、再び崩壊しにくい斜面に改良する、②斜面中に流入してくる地下水が確実に排除できるように、通水性の良い砕石を斜面に敷き詰め、効率的に排水できるようにする。③斜面下部の対策を施したうえで、再び元の形に盛土を行う。④斜面上に植生シートを設け、斜面の浸食を防止する。
【工事の進捗】
工事が始まったので、その流れを見ていきましょう。(※注:この記録は、八王子市や施工会社に確認したものではなく、あくまで工事現場の仮囲いの外から私が定期的に撮影・確認したものですので、事実と異なることなどがあるかもしれません。その点ご了承の上でご覧ください。)
【2020年8月8日 植栽撤去→排土の開始】
まず、崩壊した土砂の上部の植栽を撤去し、崩壊した土を除去する作業が始まりました。みるみるうちに斜面が無くなっていきます。
【2020年9月20日 排土が進んでいる状況】
崩壊した土砂を約4,500m3撤去する必要があります。ダンプトラックで運んでいましたが、ダンプにすると約1,000台以上の土を出さなければならない計算になるので、約2か月程度の期間をかけて、土の排出を進めていました。遊歩道の舗装が撤去され、斜面にはブルーシートで浸食防止がされるようになりました。
【2020年11月8日 底部の地盤改良】
すっかり土の排出が終わり、下部の重機が土に固化材を入れてかき混ぜている状況と思われます。地盤改良施工時は、斜面全体がブルーシートで覆われていました。
【2020/12/6 歩道との境界部の擁壁の設置】
底部の地盤改良が終わったので、都道の歩道部に擁壁を設置するための、コンクリートの型枠が組まれています。写真でもわかりますが、降雨があったわけでもないのに、かなりまとまった量の湧水が流れ出ていることがわかります。先ほど説明した通り、これが「谷戸の湧水」なのでしょうね。工事中は、この湧水を仮設ポンプで処理していましたが、一部は車道に水たまりが生じてしまうこともありました。
【2020/12/20 砕石敷き詰め】擁壁が出来上がったところから、順次砕石が敷き詰められています。砕石は水通しが良いので、湧水は砕石層を通り、擁壁の手前の排水管に集水される仕組みです。これでたくさんの湧水が処理できる状況ができ始めました。
【2021/1/16 盛土施工】
砕石層が出来上がったら、盛土を再び施工して、もとの法面の形に戻していきます。ダンプトラックで運んできた土をパワーショベルで運び、ローラーで締固めしていきます。
【2021/2/6 盛土ほぼ完了】
ほぼ盛土が完了した状況。元の遊歩道の形が見え始めました。
【2021/2/14 遊歩道舗装路盤工事】
遊歩道の舗装下の路盤工事と、植栽脇の手すりの基部となる部分の工事が進んでいるところです。こういう工事が始まると、急に歩道が完成に近づいた感じがします。工期末に近づいているので、かなり急ピッチに現場が進んでいる感じがします。
【2020/2/20 手すり設置・歩道部排水設置】
手すりが姿を現し、もうすぐ仕上がりという状況が見えてきました。歩道上にたまった水を排水する排水管の設置も進んでいます。
【2020/3/6 歩道部舗装進む&植栽の作業開始】
いよいよ仕上げの舗装と植栽の工事が本格化してきました。年度末には引き渡しがあるはずなので、あともう一息。
【2020/3/27 ほぼ完成 & 満開の桜】
舗装も最上部の樹脂モルタル舗装(?)も無事完了し、重機などが無くなり、いよいよ再び供用開始を待つ状態に。周囲の桜が満開で祝福してくれているようです。斜面の植生マットはまだほぼ白いですが、緑の芽がでているところが早速出始めています。
【2021/3/31 歩道供用再開!!】
3月31日、2020年度の最終日に、とうとう仮囲いが取り払われ、歩道が供用再開されました。約1年半ぶりに歩道に人の姿が戻りました。テープカットもなく、工事看板が取っ払われたので、誰がどんな工事をやったかも、そのうち忘れられるでしょう。そもそも、植生マットが見えなくなるまで植物が生い茂ると、地すべりやその復旧がされたことすら忘れられることになるでしょう。ちなみに都道の歩道は、まだしばらく水道工事のために通行止めです。6月末の再開が待たれるところです。
【終わりに】
今回は、2019年台風19号で近所で斜面災害があったこと、その原因の考察、復旧工事の方法とその進捗について記録に残しました。かなりの長文になってしまいましたが、お付き合いいただき、ありがとうございました。
災害復旧工事は、地味ながら大切な工事であり、種々の苦難を味わい、いろいろな検討を経てここまで復旧いただいた、八王子市や施工会社の皆様には、本当に頭の下がる思いです。ありがとうございました。こういう工事こそ、皆さんに知ってもらうことが重要と思いますので、あえてこういう形で記録に残しました。
これからも、供用開始した歩道を歩きながら、植生マットの緑がどのように緑化されていくかを楽しみつつ、大雨があった際に排水工がちゃんと効果を発揮できているかなど、技術者目線でそっと見守っていきたいと思います。
なお、今回の一連の内容を収めたアルバム、下記のフォルダに入れています。長期にわたる定点観測の記録をまとめていますので、興味がある方はご覧ください。
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