茶渋

元看護教員。 今は、プロコーチであり、ファシリテーターであり。 2020年から始めた、…

茶渋

元看護教員。 今は、プロコーチであり、ファシリテーターであり。 2020年から始めた、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)をテーマとしたワークショップと、時を同じくして経験した父の看取りによって、人々の逝き方ダイアログのためのサポートをしたいと強く願うようになりました。

最近の記事

第13回『私の生き方連絡ノート』を書こう会

東北、関東、九州からのご参加ということで、オンラインならではのつながりが生まれた今回。 それぞれの看取り体験や人生:経験から語られる言葉の深さに、私たちファシリテーターも、多くの気づきをいただきました。『私の生き方連絡ノート』の秀逸さは勿論ですが、対話の重なり合いが、もしもの医療・ケアを考えていくうえで、とても大事な意味を持っていると、毎回感じています。 ACP(アドバンス・ケア・プランニング=人生会議)は、意思を書き示すこと以上に、『対話』のプロセスが重要なのです。 幾

    • A4一枚のエンディングノート

      「小さい秋をどうぞ。」 座ったまま、ぼんやりとした視線を宙に浮かべる父に声をかけると「おう、いいな…」。 でもまたすぐに意識はうつろな世界へ。 この時はまだ、1か月後のお別れなんて、思いも寄らなかった…。 父からのエンディングノート  2005年春、一枚のCDが届いた。太字の万年筆で綴られた見覚えのある筆跡。父からだ。『「生」を終わるときのこと』という表題の後には、満70歳の誕生日に記した、A4一枚のエンディングノートが収められていた。  誕生日前の秋。父はいつものように

      • 逝くためのダイアログ

        どのように逝きたいのか…。 それは、人生の最終段階まで、どのように生きたのか…ということなのだと思うのです。 じゃあ、自分は最期の時までどう生きたいんだろう。 人それぞれの人生。 最期までをどのように生ききりたいのか。 さらに、延長線上に必ずやってくる、逝く瞬間。 人それぞれの人生なのだから、逝く瞬間もそのちょっと前も、それぞれのスタイルがあって、しかも尊重されたいはずのもの。 とはいえ、逝くときは、何度も味わうものではない…むしろ未知の世界。 ということは、そこにど

      第13回『私の生き方連絡ノート』を書こう会