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安全であるための仕組み

このところ、世界の情勢がとんでもないことになっている。目の前でまるで映画のように戦争が繰り広げられている。殺戮が人々を蝕んでしまうことを改めて思い起こさねばならない。戦闘をやめてテーブルにつけばそれぞれ尊重される余地があることを知るべきだ。
以前から多く耳にするようになっている言葉が安全保障だ。安全とは何か。自分や自分の属する場所が持つ財産や生命、権利がふいに言われもなくなくなったり脅かされてしまうということがない、ということだ。危険が回避できているということだ。つまり安全保障とは安全であるための仕組みと捉えられる。このとき非常に単純に考えれば自分が一番強くなれば安全だと思うかも知れない。または強い人と親友になればいいと思うかも知れない。結局人間も弱肉強食の世界に生きていると思うのかも知れない。最初はそう考えてしまうこともありうるだろう。
しかしことはそう単純ではない。それは人間が地球環境を破壊しそうになる程発展させてきた知識であり技術があるということだ。新型コロナウイルスが皮肉にも証明したように、人が世界中を動き回る時代にはウイルスも世界中を動くのだ。世界の裏側の事情がリアルタイムに映像として飛び込んでくる時代なのだ。その技術は世界中から部品や知識を調達し、世界中へ製品を送り届けることを可能にしている。世界は隅々まで相互に強く関係するようになっているのである。国境を越えたらその向こうはあってもなくても自分には関係ない、と言えなくなっているのである。
このせまい世界に共存してゆくための知恵を出していかなければならない。戦争反対。声を出してゆくことも一つ。そしてデンマーク滞在中に感じたことは、相互に安心を与えるという知恵である。尊重するということである。そのベースが信頼関係の構築である。いくら嫌いでも対話のチャンネルだけは開けておくこと。その努力が信頼関係には重要だと彼の地で思ったものである。

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