周囲の大人に「向いていない」と言われた私が教師を目指した話

私の人生で、親に歯向かうというコマンドが選択肢に出てきたのはほんの数回でした。

別に私は衣食住に苦労を強いられたわけでもなく、勉強についてとやかく言われたわけでもありません。
ならば特に歯向かう理由もないように見えるかも知れません。が、内気な性格もあり、親が怖くて抗えなかった状況の方が多かったのもあります。

その数少ないタイミングで抗った一つが、大学受験についてです。

「アンタの性格で、先生なんてできるはずがない」

……ハイ。
言いだしたとき、すぐさまぼろくそに叩きのめされました。
それもそのはず、その当時の私の性格が
・無口
・コミュ障
・人見知り
・陰キャ
・根暗
と、対人関係に難アリのレッテルがフルコンプで揃っていました。

母も流石にこんな私の応援は出来なかった模様で「絶対にやめとけ、お前には無理」と泣くまで否定されましたし、泣いても否定は続きました。でも、なんなら私もそう思う。向いてない。

純粋に教えるのが好きで、だから先生を目指したかった。

とはいえ人には向き不向きがあるから、と進路について全否定され、泣きながら抗ったことはよく覚えています。

なんなら、高校時代の担任の先生にすら言われましたもの。

「お前が教育実習に来ると聞いたとき、大丈夫かなぁ……ってずっと心配してた」

教育実習では参観のように先生方に見てもらう、研究授業というものがあるのですが、そこで見てもらった後にも「お前が喋ってるところ、初めて見た」とまで言われる始末です。

本当に、一言も、先生とすら、ろくに話すことがなかった学生時代。

そんな人間が先生を目指すというのですから、周りはさぞかし、心穏やかではなかったでしょうね。笑

そんな私ですが、教員免許を取ったり塾講師として先生をやれているのは、単純に「諦めなかったから」だと思います。

ただ、全く苦労がなかったというわけでもなく。

このままではダメだと教育実習に備え、塾でバイトを始めたりもしました。
人前で授業をすることに慣れるべく、黒板を使って授業をする練習をそこでさせてもらいました。

始めた頃は、ぼそぼそとした聞き取りづらい解説に、慣れない黒板に書かれたへにょへにょの文字。
挙げ句「あなたの授業は分かりづらいって苦情が来たから、その子の担当交代しますね」と言われ……。

悔しさから、泣いたりもしました。
泣く度に「だから言ったじゃない、もう辞めたら?」と親に言われ。そうすべきなのかなと本気で悩みつつ、それでも諦めきれず続けていました。

そんな努力が実って、今は(授業でだけは)堂々と喋れるようになったと思います。
なんなら生徒に「先生って、一人でいてもずっと喋り続けてそう」と言われるくらいにはお喋りになりました。……それもそれでどうなのかしら。

というわけで「才能がない」「性格が絶望的に向いていない」としても、やりたい気持ちがあればそれなりにカバーはできる、という話でした。

もちろん、最初からものすごく先生向きな性格の方の、苦でない自然な所作には敵わないなぁとか、思うところはあります。上を見ればキリがない、というやつです。

それでも、何も出来ずに終わるわけではないのでやはり、挑戦することは重要だと思うのです。できることが増えれば、目指せるものも増えるので悪いことではないですね。

向いていないから諦めようかな、と考える誰かに、この勇気が届けばいいなと思います。

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