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2022年の『ハッピーアワー』@元町映画館

※2023年1月3日にCharlieInTheFogで公開した記事(元リンク)を転載したものです。


 神戸の元町映画館で年末の特別興行として毎年、濱口竜介監督作品『ハッピーアワー』(2015年)の上映が行われます。2022年の最終営業日だった12月30日、映画館を訪ねました。

 『ハッピーアワー』は神戸を舞台にした5時間17分にわたる大長編。主人公は30代後半の女性4人の友達グループ。1人の失踪を機に、それぞれの生活の不穏が顕在化していく物語です。ワークショップに参加した演技経験のない人たちを俳優として起用するという異例の試みの末、主演4名がロカルノ国際映画祭で最優秀女優賞を獲得するという、映画史における一つの奇跡を成し遂げた作品です。

 2015年12月5日に元町映画館で先行上映として初めて劇場公開された縁で、毎年同館で上映され、濱口監督やキャスト陣による舞台挨拶も行われています。

 元町映画館は当日券しか販売しないので、販売開始30分前の朝の10時頃からチケット列に並びました。すでにそのときには7人ほど前に並んでいました(中学生くらいの男の子が並んでいたのが驚き! どんな生活をしていたら中学で『ハッピーアワー』との出会いを得られるのか!!)。

 私が訪ねたこの日は、終映後に舞台挨拶が行われることもあり、映画館は超満員で、補助席も設けられていました。

 私がこの作品を見るのは2回目です。濱口作品は、あるところとあるところを行ったり来たりするという構造がよく出てきます。『ドライブ・マイ・カー』(2021年)なら主人公は宿と仕事先を車で行ったり来たりするし、『寝ても覚めても』(2018年)では東北と東京を車で行ったり来たりします。

 濱口作品において商業デビュー前、画面上の交通手段は車というよりも主に公共交通でした。私の最も好きな『親密さ』(2011〜2012年)では東急線が、大学映研時代の作品『何食わぬ顔』(2003年)では東京モノレールが出てきます。

 ことし、劇場で見られる限りの濱口作品を見てきてから改めて『ハッピーアワー』を見ると、この移動というモチーフがかなり多様な形で表れるのが見えました。

 電車であれば阪神も阪急もJRも出てくるし、路線バスも自家用車も登場します。ケーブルカーで幕が開き、第二部の締めにはフェリーまで出てきます。

 しかし神戸(阪神間を含む)に暮らしたことのある者なら誰でも知っているように、神戸は東西に主要な交通がありながら、その移動には常に南北、というよりも高低の感覚が存在するものです。単なる東西の行ったり来たりの中に、海と山と双方からの引力が存在し、その絶妙なバランスの中に私がいる、という感覚です。

 桜子(菊池葉月)とその義母(福永祥子)が、息子の同級生宅からの帰路の、芦屋川のシーンにおける義母が桜子を労うシーンは、南北の引力の緊張をいったんは義母が引き受けて桜子がひとまずの安楽を得ているような、そんな見え方もしました。

 逆に東西に移動している限りは、南北の引力を推進力として、普通はしないことでもできてしまう。桜子がJR芦屋駅でいったん降りたのにもう一度電車に乗ってしまったのも、東西の行き来の中での出来事でした。

 『ハッピーアワー』では「倒れる」というモチーフが重要な要素を占めていることはさまざまな評論で指摘されているところですが、「倒れる」あるいは「倒れずにいる」に関与する引力を、地形と、そこに存在するさまざまな人工の構造物や人間の営みとの相克によって描いた本作は、まさしく神戸が舞台でなければいけない必然性があるように感じました。

 「ハッピーアワーは進化します」とは舞台挨拶での福永さんの言。見るたびに発見がある本作の豊かさを表したこれ以上ない金言です。だから来年もまた元町映画館で『ハッピーアワー』を見たいと思います。

 舞台挨拶の後にはサイン会があり、濱口監督やキャスト陣のみなさんから、監督の著書『カメラの前で演じること』にサインを頂きました。13時上映開始だったのに、終映、舞台挨拶、サイン会を経て劇場を出た頃にはすでに21時前になっていました。

第2部終了後の休憩中、客席入れ替えのため待機している鑑賞客ら



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