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映画『ひらいて』

※2021年12月29日にCherlieInTheFogで公開した記事(元リンク)を転載したものです。


 高校3年の主人公・愛(山田杏奈)は、クラスメイトのたとえ(作間龍斗)に恋したが、彼は同学年の深雪(芋生悠)という秘密の恋人がいるのを知る。2人は手紙のやり取りを軸にしたプラトニックな関係を続けているのを知った愛は、なんと深雪と体の関係を持ち、2人の関係性を撹乱しようとするが……。


 本作が商業映画デビューとなった首藤凛監督は、高校時代に綿矢りさの原作小説を読んでから、これを映画にすることを志してきたという。その思い入れがしっかり結果につながっていて素晴らしい。

 かわいくて頭もそこそこ良く、それでいて気が強くて積極的な性格の愛は、スクールカーストの上位に居て、おそらく得たいポジションを得ることにあまり苦労してこなかったのだろうと思う。そして、自分に近づいてくる人間を下に見ている節すらある。つまり、ポジションは得ているのに満足はしていないのだ。

 思えば劇中、愛が居る位置は本来他人が占めるべき位置であることが多い。友人・ミカ(鈴木美羽)が多田(田中偉登)に恋しているのを知りながら、愛は多田が自分に好意を寄せているのをいいことに、ミカの目の前で愛は多田と自転車を二人乗りする。

 深雪の家を訪ねたときには、部屋で深雪がローテーブルの前に座って愛に話しかけているにもかかわらず、愛は深雪のベッドに腰掛けて聞いている。夜の学校にたとえを呼び出したときも愛は教室のたとえの席に座って待っている。

 他人の場所をかんたんに自分の場所にできてしまう愛が、それでも手に入れられないのがたとえである。たとえは愛の告白を受けても、愛の全体が「嘘」であると、にべもなく突き放す。たとえから強烈な人格否定を受けて「闇落ち」していきながらも、たとえの視界に入りたくて学校には通い続ける愛の不器用さが切ない。

 後半、愛は何度か自分の位置を他者に明け渡す。たとえば文化祭の出し物である坂道ダンスのセンターポジション。これは、たとえにひどい振られ方をしたゆえの自暴自棄である。

 次は、たとえ宅でのある「事件」のあと、愛、たとえ、深雪の3人が家を飛び出ししばらく走ってきた交差点で一旦立ち止まったとき。当初、たとえと深雪の間に愛が立つという位置関係だったが、深雪がたとえに近寄ると、その後、にわか雨に降られてさらに走り続けても、たとえに最も近い位置に深雪は居続け、愛は間に割り込まない。

 その後3人はラブホテルで雨宿りをするのだが、このシーンは秀逸である。たとえはソファに座り、傍らの深雪に何かを語っている(原作ではここでたとえは深雪に初めて、自分の家庭環境について詳しく説明しているようだ)。愛はその様子を、少し離れたベッドの上で、体育座りを少し崩したような体勢で見つめている。

 ラブホテルのベッドは本来カップルが陣取るべき場所である。しかし、形式的に相応な場所に、いつも大切なものがあるわけではない。愛はこの日、全てを悟ったのだと思う。自分の居場所をわきまえた愛は、その後、たとえからも深雪からも無二の存在として承認される。そして愛はその承認に応える。終盤の3人の関係の再定義は、あまりに美しくて感動的だった。

 愛の感情と自己演出を目で演じ切った山田杏奈を筆頭に、それぞれのキャラクターを全身で見える形にしてみせた作間龍斗と芋生悠、そして、たとえの父役の萩原聖人ら、キャストの演技が光る。脚本もよく練られており、青春の張り詰めた空気を再現する画作りも優れている。

(首藤凛監督、2021年10月22日公開)=2021年11月28日にテアトル梅田で、12月4日、11日、18日、25日にアップリンク京都で鑑賞。

テアトル梅田にて

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