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映画『佐々木、イン、マイマイン』

※2021年1月9日にCharlieInTheFogで公開した記事(元リンク)を転載したものです。


 俳優を志して上京したが鳴かず飛ばずのままくすぶっている26歳の悠二(藤原季節)は、既に元カノとなったユキ(萩原みのり)への思いにも区切りを付けられず、だらだらと同棲生活を続けています。工場で箱を組み立てるアルバイトをしていると、飛び込み営業で来た高校時代の友達・多田(遊屋慎太郎)と偶然再会。退勤して飲みに行くと話題になったのは、彼らにとってのヒーローだった同級生・佐々木(細川岳)でした。

 「佐々木!佐々木!」と囃し立てるとどこでもかまわず全裸になり、男子連中の輪の中でふざける。放課後にはそんな佐々木の家で、悠二、多田、木村(森優作)の4人でたむろする。テレビゲームをしたり、漫画を読んだりして、夜が来たらバッティングセンターへ繰り出す。それが彼らの日常だったのです。

 佐々木は一方で、家族に飢えていました。たまにしか帰ってこない父・正和(鈴木卓爾)に「次はいつ帰ってくるの」と弱い声で問い掛ける佐々木の姿。他に家族の気配はありません。散らかった家でカップ麺ばかり食う佐々木の生活は、家族からネグレクトされていると言っていいようなものでした。そんな暮らしの中でも、佐々木はサブカルチックな面を持ち合せていました。美術部で絵を描き、部屋の本棚には小説が並びます。

 高校時代の日々を思い起こした悠二は、佐々木から大きな影響を受けていたことに気付くのです。俳優になれよと勧めてきたのは佐々木で、いま趣味にしているボクシングだって、そういえば佐々木の部屋で2人でボクシング番組を見たこともあったのです……。


 悠二は俳優の仕事にしても、ユキとの関係にしても、中途半端なまま、結論を付けることを避け続けています。俳優の仕事に本腰を入れるのか、それとも諦めるのか。未練にユキともう一度関係を修復しようとするか、関係に区切りをつけて同棲生活を終えるのか。もう、どちらかの可能性を選んで、他の道にけじめを付けなければならない時期が来ていることは自覚しつつも、「何者にでもなれる」可能性を保つために「何者でもない」状態で居続ける悠二は、未だ青春期の心性を引きずっているのでしょう。

 佐々木もまた、選択をしないことで可能性だけを保ち続ける人間でした。青春の象徴としての佐々木は、卒業5年後、悠二が再会したときにも、フリーター兼パチプロとして生活をしており、ひたすら「現在」しかない空間で生きていました。将来へ向けて自分の身を投げ出すような選択を、後押ししてくれる人間が不在だったことも、影響しているのかもしれません。

 本作が描くのは、それぞれにとっての人生の切実さと、その中で自分の人生に対して責任を果たすとはどういうことかです。そして、本作は、その決断を意外なほど下支えしてくれる、青春期のかけがえのない出会いや思い出への讃歌でもあります。青春映画の新たなマスター・ピースとして何度も見ていきたい作品です。

(2021年1月5日、同7日、シネマート心斎橋で鑑賞)

シネマート心斎橋にて

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