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『雑居雑感 No.1 マーケット』

※2020年7月27日にCherlieInTheFogで公開した記事「見た・聴いた・読んだ 2020.7.20-26」(元リンク)から、本書に関する部分を抜粋して転載したものです。


 広島県尾道市の古書店が今月創刊した雑誌です。巻頭には「街の歴史の隅で生きた、生きる人々の声に耳をかたむけ、記し残すため『雑居雑感』を創刊します」と宣言されています。

 第1号のテーマはマーケット。終戦直後のヤミ市を源流に持ち、かつて尾道の瀬戸内海岸に存在した二つのマーケットに生きた人たちへの聞き取りを元に3編の文章が展開されます。テキストは新聞社勤務の田中謙太郎さん(さん付けしているのは面識があるためです)。

 最も印象深いのは「荷揚場マーケット」(1947〜1998)で鮮魚店を営んだ男性の章でした。妻の実家がしていた魚売りの行商を発展させる形でマーケットに入り、夫の勤勉さと妻の顔の広さの名コンビで店は評判を呼ぶようになります。

 家族にとってマーケットは単なる仕事場ではなく、生活を共有するコミュニティーでもありました。子守りを他の店の人に見てもらったり、食事もマーケットの食堂でとったり。そうした生活の場であるマーケットの中で、男性は人々の商業権や生活権を守るために、不法占拠状態の解消を目指して議員への働きかけをしたり、市長との協議の場を作ったりします。

 1990年代の街の再開発で、立ち退きが時間の問題となると、自らの店は移転先を見つけていながらも、行き場のない他の店の移転先の確保に奮闘し、実際に実現させます。一方、マーケットという場が失われ、買い物はスーパーで事足りる時代に店をもり立てることは難しい。男性が70歳のときに骨折したのを機に、家族総出で説得にかかり、店をたたみます。

 この文章が読ませるのは、単なる偉人伝にとどまらず「人と町との相互作用」を描こうとしているところにあります。それは、情緒ある町としてノスタルジックにメディアで描かれる尾道とも異なります。尾道のマーケットを生きた人々がどのように町を、自らの唯一無二の場所にしていったかを見つめることで、「特別な場所」像を持つ人々の総合として町、場所、空間を捉え直す。この試みが、物語の消費に終わらせない魅力を持っています。


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