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ヘチマとコロナ

こんにちは、チャリツモインターンのつむじです。
今日は「教師タフジの日常」から「意外と農業に触れる」編をご紹介したいと思います。

意外と、農業に触れる/教師タフジの日常

タフジ先生が小学校教員としての気づきを話してくれているこのシリーズ。タフジ先生と子どものゆる〜い絵が可愛くないですか?
タフジ先生は子供の目線で物事を見ることを忘れない、子供の気持ちに寄り添える優しい方なんだろうなあ、というのがこのシリーズ記事を通してて想像できます。

小学校教員は意外と農業に触れる、ということですが、確かに今思い出すと、私の小学校でもヘチマやミニトマト、キュウリなどをクラスで育てていました。
私は確かヘチマ当番だったような...。
昼休みに外に出て、暑い中長いホースを使って結構大きめの花壇に水をやるんですが、ホースの先っちょの形を変えると水が遠くまで飛ぶのが楽しくなっちゃって、ふざけて友達に水をかけたり、虹を作って「虹〜!見て!」とか言って遊んでいました。当のヘチマは「いや、こっちに水くれよ。カラカラなんですが」なんてことを思っていたかもしれません。すまんヘチマ。
それでもちゃんと育つヘチマや他の野菜たち。みんなで育てた野菜の日誌をつけて、だんだん色がついて、大きくなっていく野菜たちを観察していて「野菜ってすごいな」と、自然の偉大さみたいなものを子どもながらに学んだように思います。

そんなヘチマ少女ももう(年齢だけ)大人になりまして、アメリカの大学に行き、大自然の中で約4年間過ごしました。しかしコロナ騒動で日本に帰国し、東京で2週間の自粛中、思ったのは「緑がない…」。
ガッチガチのコンクリートジャングル。都会での生活中、静かに何かが自分の中で積もり積もっていく。いつもよりなんか疲れる。何かわからないけど、何かが足りない...。

「あ、自然だ!」

大自然の中でアルプスの少女ハイジのように過ごす毎日から一転、都会の生活を送ることで、これまで毎日自然に癒されていたことを痛感致しました。

2週間の自粛の後、田舎に帰省し緑ある生活に戻りました。
現在、小さな家の庭で大葉、ローズマリー、レタス、ミニトマト、ニラ、を育てています(今度はちゃんと水やってます)。少しだけど家計も助かるし、毎日緑に触れられる生活、最高!やっぱこれだね〜って感じです。

コロナをきっかけに自家栽培を始めたり、都会の生活を見直した方も多いのかなと想像します。
コロナが世界中の人の生活を一転させたこのタイミングが、「これからの生活はどうなるんだろう」とか「自給自足力をもっとつけたい」とか、「これから自分はどうやって生きていきたいかな」とか、自分の人生において本当に大切なことはなにかを意識するキッカケなった人も多いのではないでしょうか。

お金?
安定?
仕事?
健康?
社会的地位?
趣味?
友達?
家族?
ペット?

人生において何が大切かは人によりけりですが、人間は自然に生かされていますし、自然の一部です。だから心のどこかで 自然に触れると「homeに帰る」みたいな気持ちになりませんか?精神的に癒されたり、人間の小ささを思い出させてくれたり。

情報にまみれて、せわしない日常に浸っていると忘れてしまいがちなことを、身近な自然が思い起こしてくれる。
奇しくもこのコロナ禍で、そんな経験をした私は、小学校ときのヘチマ栽培にはそうした教育的意味があったのかと、しみじみと実感させられたのでした。

たかがヘチマの水やり、されどヘチマの水やり。
小学校の先生、ありがとう〜!

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