『天魔恋玉(てんまれんぎょく)のコンペティション〜俺の魂は猫に奪われました〜』第19話
第19話 お兄ちゃんだったら
『わりぃが案内はここまでだ』
ドローンの先には階段があった。
階段の先には、少し見た目は変わっているが見覚えのあるドアがある。
『この先にはドローンが進めない。無理やり勢いをつけて突破しようとすると、制御不能になってそうなる』
階段にはドローンがいくつか落ちていた。
「わかった。ここまでありがとうなエイト」
『わかってると思うがドローンが制御できなくなる以上、おそらく通話もできなくなる。ここから先はフォローもしてやれねぇ。どうしようエイト! とか言っても助けてやれねぇからな』
「ああ、わかってる。何とかするさ、いつもみたいにな」
『ったく、何がいつもみたいにだよ。いつも連絡が遅いんだよ、待ってる方は気が気じゃないんだからな』
「わりぃ、わりぃ。直ぐに連絡すっから」
『ったく、期待せずに待ってるよ。だからさ……ちゃんと終わったら速攻で連絡してこいよ。いつもみたいな能天気な声でな』
「ああ、じゃあ行ってくる」
『おお、行ってこい』
階段をのぼりだすと通話が切れた。
屋上にはタマと今回の黒幕がいるはずだ。
こんな騒動を起こせる奴なのだから、それこそ神なのかもしれない。
けど、そんな神なら俺は認めない。
こんな理不尽を押し付けてくる奴が神なわけがない。
俺は屋上へと出た。
「お? 結構早かったのぉ?」
そこにはタマの姿があった。
◇◇
屋上に出ると、空が近かった。
曇天に覆われた空は、赤い火の雨で明るい。
そこに黒幕の姿はなく、居たのは人間姿のタマだった。
「いやー、こんなに早く突破してくるとはのぉ。実は結界の条件調整が難しくてのぉ、塔の内部からの電波が遮断できなかったのは痛かった。おかげであんな方法で突破されてしまったわい。天使も配置しといたのに悪魔に邪魔されるとはのぉ」
「タマ、大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫じゃ。そんなことより褒美を与えねばのぉ。せっかく早くのぼてきたのじゃからな」
タマはぬるりと近づくと、俺の首に飛びつくように抱きついてくる。
「お、おいタマ」
「なんじゃ、これでは足らんか。ではこんなのはどうじゃ」
首に手をまわし抱きついたまま、首を舐めてきた。
「ひっ!」
ゾワゾワとした感触が身体中に走る。
「どうじゃ、気持ちええか?」
タマはその女体を押し付けながら、俺の身体をなでたり舐めたりする。
柔らかな感触とリアルに香り立つ匂い。
俺の意思に反して鼓動が早くなっていく。
「や、やめろ!!」
俺はタマの肩を掴み距離を離した。
「何やってるんだ、タマ。今はこんなことしてる場合じゃないだろ。学園も町もこんなことになってる。タケシやムラマサも下で戦ってるんだ。ニコだって様子がおかしくて、サキと一緒だけど、とにかくなんとかしないといけないんだ。なぁ、黒幕はどこへ行ったんだ?」
「まったく……。優しく、気持ちよく終わらせてやろうと思ったのにのぉ。そんなに真実が知りたいのか? 今からでも遅くはない、目を閉じて楽にしろ。そうすればいい夢を見せてやることだってできる」
ゆっくりと近づくタマ。
いや、これは本当にタマなのか?
タマはこんなことをいう奴だったのか?
無邪気に笑うタマの姿が俺の頭によぎった。
タマの姿をしたナニカが伸ばしてくる手を俺は振り払った。
「やめろ! お前はさっきから何を言ってるんだ。そもそもお前は誰だ!?」
「タマじゃよ、正真正銘同じタマじゃ。お主を見つけ、煉玉を押し付け、面倒な役目を肩代わりさせた」
そのナニカは姿を猫に変える。
「そう、役目と終わりを押し付けたのじゃ。自分が助かりたいがためにな」
「何を」
「お主は終わりを背負わされた。玉を守りきっても玉城の役目を引き継いだお主は助からん。《煉玉のコンペティション》が終われば玉は天に帰り、魂のないお主は死ぬ」
「何言ってるんだ。タマが魂を返してくれるんだから、死ぬわけないだろう」
「わからんか。玉城は役目を終えれば死ぬんじゃ。だからこそ、玉と引き換えにお主の魂を奪い取ったのじゃ。自分が助かるためにのぉ」
ざざっと風が吹いた。
生暖かい風が身体にまとわり付いた。
第19話ー2
ナニカは言葉を重ねる。
シュンの心を揺さぶり完全に折るために。
「自分の享楽のためにお主を利用したのじゃ。玉を守るという使命から解放され、自分がより長くこの世界に留まり遊びふけるためにな。それが真実じゃ」
ざざっと風が吹く。
「ふっ、そうか、そうだったのか」
シュンは笑う。
その様子にナニカは確信した、コイツはもう折れたと。
「そうじゃ。わかったろ? 真実なんぞこんなもんじゃ。どうじゃ、後悔したろ? やり直したいか?」
ナニカはシュンとタマのつながりを完全に断とうとしていた。
シュンにはタマが視認できていない。
たとえ、タマでないとわかったところで何も出来はしないとナニカは考えていた。
「そうだな、やり直したいかもな」
「そうか、やはりタマと契約したことを後悔したか」
「勘違いすんな。俺がやり直したいのはそれじゃねぇよ」
ナニカの横を通り過ぎ、シュンは屋上の端へ歩いていく。
そこには板があった。
屋上からせり出すように置かれた板の先には椅子がある。
「あん時と立場が逆になっちまったな」
椅子には誰の姿もない。
しかし、シュンは話し続ける。
「正直、あん時は命欲しさに契約したよ。当然だろ? 死ぬにはまだ若いし、何も成せず何者でもないまま死にたくなかったからな」
ざざっと風が吹く。
「けどさ、お前の話しを聞いて玉を守るためだけに神様に作られたなんて聞いた時は思ったぜ。ふざけんなってな。だってそうだろ? そんなもの自分で望んだわけじゃない。だいたい、神様がいるってんならなんで助けてくんねぇくせに、困難だけはきっちり与えてくるんだよ。しかもこんな直接的によぉ」
シュンはゆっくりと板へと近づき椅子を見る。
「だったらそんなもんは神様じゃねぇ。神様ってのは遠くにあって見守る者って感じだろ普通」
わずかに椅子が揺れる。
「あっーと、だから俺が言いたいのはな。俺に助けさせろよ。……あんま頼りになんねぇかもしんねぇし、どうしたら良いかもわかんねぇけど。一緒に悩んでやることくらいはできるからさ」
ナニカは予想外のシュンの行動と言動に口をはさんだ。
「お主を利用とした者を助けようというのか!?」
「あんたが神かなんだか知らないが大事なことを教えておいてやる。人間世界の常識ってやつだ。よぉ〜く聞いとけよ。――お兄ちゃんだったらなぁ」
シュンは勢いをつけると、板の端を思い切り踏み抜いた。
ドンッという音とともに板はシーソーのようにしなり、椅子は勢いで空中に打ち上げられる。
「妹を助けねぇお兄ちゃんなんかいねぇんだよ!!」
椅子は放物線を描きながら屋上に落下してくる。
派手な音とともに椅子は砕けた。
椅子から転がっていった影がゆっくりと立ち上がる。
「まったく、ワシじゃなかったら大怪我じゃすまんぞ」
「俺ん時もやったろ?」
「あの時はワシが勢いを殺してやったじゃろうが」
「そうだっけ? いや、結構痛かったぞ」
先ほどまで不可視となっていた、本物のタマの姿がそこにあった。
「まぁ、良い。どうするんじゃ、これから?」
「もちろん、ノープランだ。助けてくれ」
フッとタマは笑う。
「まったく、困ったお兄ちゃんじゃな」
シュンとタマはお互いの拳を突き合わせる。
するとわずかに赤い閃光が走った。
第19話ー3
【校門のタケシとムラマサ】
学園の校門からは仮面をつけた人々に混じり、異様な姿の仮面の怪物も入り込んできていた。
怪物は鞭のように腕をしならせると振り回す。
ムラマサは咄嗟に木刀で防御する。
「――ッ!! 」
ビリビリとした振動がムラマサの腕に伝わる。
ムラマサは強敵の登場にニヤリと笑う。
「おい、タケシ!! こっちの怪物はかなり歯応えあるみたいだぜ」
「そんなことより、これ肉屋のおっさんだ」
タケシはさっき自分が投げ飛ばした男の顔を見ていた。
投げ飛ばされた男の仮面は割れ気絶している。
「あん? 行方不明になってたおっさんか?」
「ガアアア!!」
怪物はムラマサに向かって突進していく。
ムラマサは木刀を構え意識を集中させる。
「おまえはさっきからうるせぇんだよ!! 一刀流 嘶きッッ!!」
ムラマサはすれ違い様に怪物を一閃。
怪物は「ガッ!?」と小さく声をあげると泥になって溶けていった。
「どれどれ、……本当に肉屋のおっさんだな。おい、起きろ! おっさん!!」
「うっ、ここは一体どこ?」
「おい、ムラマサ!! こっちはパン屋のおっさんだぜ」
タケシは気絶しているパン屋の男を起こそうとしている。
ムラマサはそれに気づくとニヤリと笑う。
「なるほど、こういうゲームか。おい! タケシ!! 片っ端から気絶してる奴らを起こして得物を渡せ!!」
「おおよ! 任せとけ!!」
「え、これどういうこと?」
「おっさん、ゲームだよ、ゲーム。前夜祭だからな」
ムラマサはダンボールを漁るとピッタリの得物を見つけた。
「おっさん、これで仮面の奴をやっつけてくれ。じゃな!!」
ムラマサは肉屋の男にミートハンマーを手渡すと、怪物を払いのけながら他の人々を起こしに行った。
「これは武器じゃないんだけど」
肉屋の男は空を見上げ、周りを見渡す。
そこには非日常的な光景が広がっていた。
「最新のVR? こんなこともできるのか。まぁ、絢爛院のお嬢様もこの学園の生徒らしいし……こんくらいはするか」
パン屋の男はめん棒を持ちながら、肉屋の男に話しかける。
「絢爛院家が関わってるなら、これで活躍すればご令嬢に気に入られて、店もご贔屓にしてもらえるかもしれませんな。あの絢爛院家に」
「あの絢爛院家にですか?」
「そう、あの絢爛院家に」
ふたりの男、おっさんは顔を見合わせる。
互いに何かを確信すると得物を手に仮面の怪物に突っ込んでいった。
◇◇
【町中のエクソシストたち】
四駆の車はエクソシストを乗せ、怪物の闊歩する町を疾走する。
「どうだマイ!いい車だろ!!」
「そうだな、どうしたんだこれ」
「レインにねだられてな、元軍人の知り合いに頼んで譲ってもらったんだ」
「軍用ジープだぜ!! こういう景色にピッタリだろ? それに、よっと!!」
車は躊躇なく怪物を跳ね飛ばす。
跳ね飛ばされた怪物は泥になって溶けていった。
「それにもちろん聖別済みだ!! いやー、1回やってみたかったんだよな。こうやって化け物どもを跳ね飛ばすの」
「レイン、パパは悲しい」
「うっせぇーぞ、オヤジは黙ってろ!! それよりマイ、本当に良いのか仮面の連中を学園に誘導しちまって?」
「ああ、問題ない。色々と保険はかけておいたからな」
「あの聖別済みの道具だろ、木刀とかバンテージとかハンマーとか。けど、あれで化け物まで全部相手にすんのは無理があるぜ」
「それも問題ない。ウチの問題児どもはああ見えてやる時はやるからな。それにデカブツは入れないように結界に条件付けしてある」
マイの視線の先にはマイがデカブツと呼んだ怪物がいる。
その大きさは3階建てのビルほどもある。
「エンキドゥだっけ? それよりも怪獣って感じだな」
「それだがな、もう関係なくなった。あの怪物の正体なんてどうでもいい」
「あ? なんでだよ? 性質とか弱点を探るのに必要だとか言ってたじゃねぇか」
「もうこうなっては無意味なんだ。この間の怪物の泥を知り合いに調べさせた結果が出た。あれは学園の土だった、つまりこの町の土だ」
「それがなんなんだよ」
「あの怪物は霊脈の力を使って自然発生してる。だから、各個撃破する意味がない。もちろん邪魔な奴は別だが、なっ!!」
マイは車に飛びかかろうとした怪物を裏拳で沈める。
「はぁ!? じゃあどうすんだよ!?」
「だから、寝ぼけた霊脈を起こしてリセットさせるのさ。このくだらん、異界化ごとな」
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