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Chara「命のまつり」その37~ちょっと元気になったところで東京へ

両親と暮らしながら、地元の病院で働くこと2年
高校生以来の家族との生活、
親子のつながりや
子どもの頃から可愛がってくれた祖父との時間

私は、自然と生きる力や働く力、人と関わる力をとりもどしていった。

そして、また精神科で働いてみたいと思うようになった。

池田小事件が発端となってできた医療観察法というのがある。
当時、日本で初めて医療観察法病棟が開設されるという話があり興味を持った。

医療観察法について、ちょっとだけ
わが国で初めての司法精神医療に関する法律。心神喪失または心神耗弱の状態で重大な他害行為(殺人、傷害、放火、強盗、強制性交等、強制わいせつの6種類)を行った者に対して、裁判所の指示により 法律に沿って治療と処遇を実施し、安心で安全な社会復帰を促進することが目的

以前、精神科で働いていた時の経験から
病気がありながらも治療により回復した人が、世の中とつながりを
とりもどし社会に帰っていく、そんな支援をしたいと思っていた。

家族とのつながりをとりもどし、自分とのつながりをとりもどした
からこそ、人の支援をしたいと思えるようになったんだと思った。

そして、思いきって採用試験を受けたら 受かった。

両親や、祖父に別れを告げ、何年かぶりの東京へ
旅立った。


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