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多くの言葉をかけあおう

今の季節は少し遠回りをして、遊歩道を通って帰ります。

せっかく新緑と花がきれいなのに、昨夜は歩いているうちに日中の出来事を考えてしまい、いつのまにか周囲の景色が目に入らなくなっていました。

ふと花の香りがしてきて、意識を引き戻されました。
近くのツツジに顔を寄せてみましたが、香りはほとんど感じられず。
うーん、気のせいだったかな、と歩き出し、いつのまにかうわの空になると、また花の香りに引き戻されました。

君かな?と、近くに咲いていたツツジにiPadを向け、写真を撮りました。

iPadをおろした瞬間、また花の香りが。
今度は別のツツジの写真を撮り、iPadをおろすと、また一瞬だけ香りが漂ってきました。

実際には、iPadが盾になって、微かな香りをさえぎっていただけなのかもしれません。でも私を呼び止めてくれた花たちが、シャッターを切る瞬間に息をとめ、撮り終えた瞬間に息を吐き出したようにも思えました。
緊張したのかな?それともカメラスマイル?
どちらでもいいけれど、呼んでくれてありがとう。


昼間に見た景色です。
水底に降り積もった枯葉、水面にうつる新緑の木立、水紋、光の反射。
枯葉に意識をむけると、木立が見えなくなり、木立に目を凝らせば、光の反射が遠ざかります。
カメラでは撮影できるのに、肉眼では何層にも重なる景色を同時にみることはできませんでした。


 さまざまな命ーこの半島の、サグとナユグふたつの世界に生きている、すべての命が、かがやきうずまく川になって、彼の夢の中に流れこみ、流れさっていく。強い命、弱い命。いくつものほかの命に守られている幸運な命のあれば、生まれてすぐに命の川の細い行き止まりの枝川に迷いこんで、消えさっていく弱い命もある。
 その膨大な流れの中に、彼は身を沈めていた。

上橋菜穂子『精霊の守り人』偕成社

上橋菜穂子さんのベストセラー、守り人シリーズの一節です。
別の世界の精霊に卵を産みつけられ、命がけで卵を守らなければならなくなった主人公が、精霊から受け取るただひとつの贈り物である、精霊がみる夢の景色を描写した場面です。

主人公は、卵を守りきった後に、次のセリフを言います。

ニュンガ・ロ・イムは卵を産むとき、たくさんの命に守られているおれに、卵を託そうと思ったんじゃないかな。きっと卵が守られ、生きのびる可能性がいちばん強い命が、おれだったんだと、思う。

上橋菜穂子『精霊の守り人』偕成社

精霊の卵は、多くの人に守られる主人公にその命を託し、主人公は多くの人に守られながら、卵を守り通しました。


両足で大地を感じながら立てているときは、おそらく大丈夫なのだと思います。
でも弱っているとき、その気がなくても、どこかに吸い込まれそうになる感覚を味わったことがある人も、少なくないのではないでしょうか。

自分の足で踏みとどまれる人も多いと思います。
吸い込まれそうになった時に、親しい誰かがそばにいれば幸運です。
誰もいない時にそんなことが起きたら、人をこの世界につなぎとめるのは、それまで周囲の人々と交わしてきた、その人の中に蓄積された言葉なのではないかと思います。

花の香りはみえません。言葉もみえません。
水面に映る景色も、実体を伴うものではありません。
それでも、みえないものがもつ力は確かにあって、現世に心をつなぎ止める力にもなれば、どこかに吸い寄せられるきっかけにもなってしまうのかもしれません。

昨晩は風もなく、なぜ急に香りが感じられたのかはわかりません。
ただ、ツツジの花の香りが意識を覚醒させてくれて、周りが見えるようになりました。


ちょっと脱線するようですが、ある人からこんな言葉を教えてもらいました。

やまいと借金は人に言え。

言うは易し。本当にこれを実行するのは難しいと思います。
深刻であればあるほど、病気も借金も悩みも周囲に相談しづらくなる気がします。

それでも辛い時に周囲にそれを発信できるか。
どこかに吸い込まれそうな時に、踏み留まることができるか。
そうできるように、そうしてもらえるように、多くの言葉をかけあおう。美しい世界を味方にしよう。
そんな風に思います。


お休みの方もお仕事の方も、おつかれさまです。
今日もよい一日を。
(話題があちこちに飛びすぎました。読みづらくてすみません!)

本日のおすすめ本:上橋菜穂子さんの守り人シリーズ。
今更ご紹介する必要もないほど有名な本ですが。

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