[読書雑感]『三体』『三体II 黒暗森林』

(小説のストーリーの核心部分のネタバレを含みますので、未読の方はご注意ください。)

少し前に、劉慈欣(大森望、光吉さくら、ワン・チャイ[訳]立原透耶[監修])『三体』(早川書房、2019年)と、その続編である劉慈欣(大森望、立原透耶、上原かおり、泊功[訳])『三体II  黒暗森林 上』・『三体II 黒暗森林 下』(早川書房、2020年)を読みました(以下、この3作品をひっくるめて「三体」といいます。)。


(以下ネタバレを含みます。)


三体は、中国で爆発的人気をほこり、英訳もされ世界的にヒットしている中国発の長編SF小説です。オバマ元アメリカ大統領も愛読しており、三体を読むことで、宇宙規模で見れば、アメリカ議会とのあれやこれやがいかにちっぽけなものであるかに思いをいたし、心の平静を保っていたとのことです笑

三体は、「三体」「黒暗森林」「死神永生」の全三部作で、上の三作品は、前二部を邦訳したものです。

三体を、例によって暴力的なまでに単純化してしまうと、後に「三体星人」と呼ばれることとなる異星人と地球人類のファーストコンタクトものであり、第一部である『三体』は、

・文化大革命の流れの中で、物理学者である父を亡くし、そのことなどがきっかけで地球人類に絶望していた天体物理学者である葉文潔(イエ・ウェンジエ/よう・ぶんけつ)が、紆余曲折を経て、紅岸プロジェクトという地球外知的生命体探査(SETI)の極秘計画を担う軍事基地で働いていたところ、探査のためにこの軍事基地から宇宙に向けて発していた電波が、「三体星人」のもとに届きました(「三体星人」やそもそも「三体」とは何かについては後で触れます。)。この電波を受け取った「三体星人」の一人は、葉文潔に対し、再度地球から電波を送れば、「三体星人」は地球の座標を特定できること、そうなれば「三体星人」は地球への侵略作戦を開始するであろうことを警告します。しかしながら、地球人類に絶望していた葉文潔は、この警告に反し、再度「三体星人」に対し電波を送ります。そうして、地球の座標を特定した「三体星人」は、地球への恐ろしい侵略作戦を開始するのです…。

というストーリーになります。

ここで先ほどから出てきている「三体」や「三体星人」について説明します。

「三体」とは、三体星人が住んでいる惑星が、地球と異なり、三つの太陽を持っていることに由来するものです。天体物理学上、三つの恒星がある場合、その軌道は数学的な予測モデルを立てることができません(「三体問題」)。そのゆえ、極めて高度な科学力を有する三体星人であっても、「いつ太陽が上り、いつ太陽が沈むか」を全く予測できません。その結果、三体星人は、灼熱地獄と極寒地獄のほんの狭間にある期間にしか文明的な活動をすることができず、いつ終わるともしれない文明の興亡をひたすらに繰り返しています。そんな「三体星人」からすれば、「いつ太陽が上り、いつ太陽が沈むか」が分かる地球はパラダイスです。

このように太陽に翻弄され、過酷な文明の興亡に曝されている三体星人ですが、葉文潔から電波を受信した時点における三体星人の科学力は、地球人類のそれを遥かに凌駕しています。地球人類は、物質の本質について、3次元のマクロスケールまでしか解明できていませんが、なんと三体星人は11次元のミクロスケール(素粒子や亜原子粒子のレベル)まで解明しています。このような科学力を有する三体星人からすれば、地球人類はいまだに石器時代で火を灯して喜んでいるような科学レベルで、地球人類など「お前たちは虫けらだ。」(『三体』424頁)ということになります笑

それでは、三体において、「三体星人」がやすやすと地球を侵略できるのかというと、そうは問屋がおろしません。ここが、他の異星人侵略ものSFと三体の最大の違いです。

『三体』は約430頁ほどの大著ですが、なんとこの第一部の時点では、「三体星人」の侵略艦隊は地球に到達すらしません笑 「三体星人」の元首と三体政府幹部が地球侵略計画について話し合い、その一部(「智子計画」)を実行するくらいしか出てきません笑

なぜならば、三体惑星から地球までは、三体艦隊の推進力をもってしても、約400年の歳月がかかるからです。「三体星人」の科学力をもってしても、その果てしない宇宙の旅が平穏無事に終わる保証はありません。

また、「三体星人」にとって最も恐ろしいのは、宇宙の旅の長さそのものではありません。それは、地球文明の科学技術発展のスピードが、三体文明のそれを遙かに凌駕していることです。先ほどの過酷な文明の興亡を絶えず経験している「三体星人」からすれば、わずか数百年余りの期間で、蒸気機関から原子力発電、農業から高度情報化社会への進展を遂げた地球文明の発展スピードは驚く他ありません。

「三体星人」の地球文明の科学技術の発展予測によれば、約400年の宇宙の旅を終えた三体艦隊は、「三体星人」の科学力を遙かに凌駕した地球人類と対峙することとなり、結果、「三体星人」が無残にも敗北します。

そこで、「三体星人」の元首たちは考えます。地球人類との来るべき審判の日に備えるためには、地球文明の科学技術の発展を約400年間停滞させるしかありません。そこで彼らは、ミクロスケールまで解明できている科学技術を最大限活用し、「智子」(ソフォン)と呼ばれる、超高性能AIを搭載した陽子を開発し、三体艦隊に先んじて地球に送り込みます(三体艦隊と異なり、「智子」は光の速さで宇宙空間を移動できます。)。

「いま、智子が誕生しました」科学執政官が宣言した。「われわれはひとつの陽子に知恵を授けたのです。これは、われわれが製造することのできる、最小の人工知能です。「だが、いまのところ、これは史上最大の人工知能に見えるが」元首がいう。「この陽子の次元を上げれば、非常に小さくなります」科学執政官はそう答えると、端末を通じて質問を入力した。(中略)コマンドと同時に、四つの球体が消失した。ー『三体』414頁〜418頁。

仮にとんでもなく賢くとも、陽子のような小さな物質に何ができるのか?と思うと思います。ですが、この地球に到達した「智子」が、粒子加速器(Wiki)に潜り込み、整合性の全く取れない、意図的に誤った測定結果を出力することにより、地球人類の物理学ではミクロスケールの謎を解明することができず、地球人類の科学技術はマクロスケールのままの「石器時代」にとどまり続けることになるのです…。(「智子」にはその他にも驚くべき特質・能力があります。)

最初に読んだときは、物語の時間軸の広がり(続編の黒暗森林では、実際に約400年後の審判の日まできちんと描かれています。)と「科学技術の発展を約400年停滞させる。しかも(超高性能AI搭載とはいえ)陽子で。」というストーリー構成に度肝を抜かれました笑

また、三体は、フィクションではありますが、異星人文明との遭遇がもたらす社会への影響や個人の心理への影響(先ほど述べたとおり、「智子」により現代物理学では解明不能な摩訶不思議なことが起こるので、「自然に帰ろう」的な思想の流行や物理学者の自死が起こっています。また、三体文明に救いを求める団体が暗躍します。)などについて、かなり具体的・詳細に描いており、そのような観点から見ても面白いです(『三体 黒暗森林』では、「宇宙社会学」といったものも出てきます。)。欧州の軍隊が未来の脅威に備えるためにSF作家を雇ったというような話もありましたね。作者のストーリーの間口の広さというか知的好奇心・想像力にはただただ脱帽です。

このように三体は超弩級SFで物理学的な要素もかなり出てきますが、アクション要素やミステリー要素などもふんだんに散りばめられており、一級のエンターテイメント作品となっています(私は超文系ですが、それでも十分に楽しめました笑)。個人的には、「智子」を作る過程において、元首と科学執政官の間で交わされている、微小宇宙の知性体とその文明の崩壊に関する会話(とそのことに関する「三体星人」への宣伝工作)のところ(『三体』410頁)が興味深かったです。

完結編の「死神永生」も非常に楽しみですね!

読み出したら眠れなくなること請け合いですが、みなさまも良かったら是非お読みください。

三体問題(Wiki)

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