発見!アウトプットの新位置付け
1)アウトプットへの苦手意識ない?
インプットしてばかりではだめ、アウトプットしないと!
まるで、便秘にでもなるような感覚で、こう言われてきたと思います。
食べたら出す!
そんな感覚できました。
溜まっていくから良くない。そのくらいに感じていました。
でも、講座を受けていると「アウトプットをしましょう」という機会が増え、アウトプットしてみようかと思いまずは自己紹介をアウトプット。
すると!あることに気がつきました。
2)アウトプットってこういうもの!
アウトプットって、「得たものを人にいかにうまく伝えられるか」「どれだけ伝わるか」という何処か、人に見せるという点を意識していました。
でも、実際にし始めると、あれ?
これって結局人にどうみられるかどうかではなくて、
「自分とどう向き合うか、起きたことをどう消化しているか」といった視点に気がついた。
完全にコレ。
人にどう映るかを意識してのアウトプットに気が向いているから、矛先が相手だから、うまく書かなきゃとか、見栄えを気にしなきゃとか、細かいところに時間を割いてしまい、アウトプット自体がめんどくさいもの。と感じてしまっていた。
私が初めての受講で気がついたのは、その点!
カッコつけて書くとか、誰かに読まれることを意識して推敲を重ねるというより、自分はどう感じているのか、このことにどう向き合うのか、どうしたいのか、と自分自身を深掘りするような
「完全なる自己対話を見えるかしたもの」
それが私の考えるアウトプットであり、
人に見せることが目的ではないことを発見した。
それがアウトプットの正確な定義とは違うかもしれないけど、
私の中での1つの答えはそれ。
読めるところに置くかどうかは別として、ノートに書くのも、行動に移すのも、自己対話の上の行動は、全てアウトプットだと思っています。
3)アウトプットのススメ!
書く、話す、行動する、
全てアウトプット!
どれでもいいから、自分で考えて行動する!を繰り返していく。
うちに留めて考えてばかりだと、合っているかどうかすら確かめられない。
言葉に出してみて、なんか違ったなとわかれば違うやり方あ考え方を探せばいいし、行動してみて違ったら別の行動を取ればいい。
話してみて、あれ、独りよがりだった、とか、違う意見が帰ってきたら更なる前進が待っている!
アウトプットの意味づけが、自分の中で変わる体験ができました!
人目を意識するのでなく、自己対話の結果としてのアウトプットを
続けていこうと思う。
もりしほ🕊
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