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呉座勇一『応仁の乱』読書会#1

本稿は、5月10日、25日に行われた読書会の内容である。

1.呉座勇一『応仁の乱』を読む視点

(1)中学社会科の視点から

応仁の乱を読み解く際の視点として本稿が重視するのは、中学社会科の教師として、どのように授業に生かすことができるのか、というものである。

応仁の乱は中学歴史の教科書にも登場する。π型を採用しているため、該当箇所は中学1年生の三学期に教えることになるだろう。

令和3年度4月全面施行となる新学習指導要領(平成29年告示)社会科歴史分野では、(ウ)民衆の成長と新たな文化の形成という小項目のなかで、応仁の乱を次のように取り上げている。

農業など諸産業の発達、畿内を中心とした都市や農村における自治的な仕組みの成立、武士や民衆などの多様な文化の形成、応仁の乱後の社会的な変動などをもとに、民衆の成長を背景とした社会や文化が生まれたことを理解すること。(文部科学省 2017: 50)

以上のように、新学習指導要領では、応仁の乱の「内容」ではなく、応仁の乱の後の「社会的影響」を重視している。とりわけ「民衆の成長」に焦点を当てているのがポイントである。

新学習指導要領と同様に、現行の教科書でも、応仁の乱ののち、下剋上の風潮が広がるなかで、各地に戦国大名が割拠し、実力で領国を支配したことを理解するつくりとなっている。この場合、戦国大名が取り上げられているが、応仁の乱”後”に焦点を当てている点は変わらない。

(2)歴史学における応仁の乱

こうした応仁の乱を契機として日本が大きく変化するという説明は、従来のマルクス主義歴史学において、民衆の成長を軸に、根強く残っている。また上記で確認したように、マルクス主義歴史学の見方は、新学習指導要領にも根強く反映され続けている。

こうした応仁の乱の説明の典型として、呉座は永原慶二『日本の歴史10巻 下剋上の時代』(中央公論社 1965)を取り上げる。

「しかしすこし視角をかえるなら、この時代ほど無名の民衆的な英雄が、無数といってよいほど活躍した時代はないだろう」と述べている。そして、この時代の無名の英雄たちを発掘することで、「歴史は民衆がつくる」という古くて新しい歴史の格言を、史実のなかから実感できる」と熱弁をふるっている。(呉座,2016: ⅳ-ⅴ)

このように、永原慶二は応仁の乱に民衆による革命をみているのである。本研究会の参加者の多くが、こうした言説になじみがあった

しかし、応仁の乱をめぐる近年の研究動向に衝撃を受けた。呉座によれば、最近の研究は応仁の乱に対する過剰な意味づけを配する方向に進んでいるという。応仁の乱の「前」と「後」の政治過程の研究が進展したことで、応仁の乱を境に社会的変動がみられるという主張は見当たらないという。

呉座は近年の研究を次のように整理している。

まず、応仁の乱の「前」である。

これまでは、将軍義政やその妻日野富子、他には山名や細川らの応仁の乱当時の権力者たちの個人的資質に注目が集まっていたが、嘉吉の変(六代将軍足利義則が暗殺された事件)以降の政治過程が解明されたことで、応仁の乱は二十年来の矛盾の総決算と位置付けられることになった。

次に、応仁の乱の「後」である。

これまでは、室町幕府が求心力を失い、権威が失墜したとされていたが、乱終結後は幕府の再建が進められていることが明らかになった。そして幕府の権威が決定的に失墜したのは、明応の政変であり、戦国時代もここから始まるとされている。

しかし、呉座はこれら近年の政治史研究を評価しつつも、次のように応仁の乱の重要性を説く。

けれども、室町幕府に限定せず日本社会全体への影響を考えたとき、明応の政変よりも応仁の乱の方がはるかに重大であることは自明であろう。また、応仁の乱は、始まったことではなく、長期にわたって続いたことにこそ独自の意味を持つ。(中略)やはり、応仁の乱の”入口“と”出口”だけではなく”中身”の検証は欠かせない。(呉座,2016: ⅵ-ⅶ)

このように、呉座は政治ではなく、日本社会の変動を捉えるという視点から応仁の乱に注目している。

呉座が本書において試みるのは、応仁の乱が日本社会に遺したものは何だったのかという点を、史料をもとに、人々の生活のあり方という具体的な次元から明らかにするものであると言える。

(3)再び、社会科教育の視点から

以上のように本書の課題をまとめたとき、本読書会の目標はどのように考えればいいのだろうか。ポイントとなるのは次の3点であろう。

①応仁の乱を契機とした社会的変動

→歴史の大きな流れを理解するうえで、変動に着目する。そして前後の時代と比較することで、相互の関連性や、推移、因果関係などをつかむ。

②応仁の乱のステレオタイプの歴史像、それにもとづく生徒への説明から脱却し、①の観点を生かした新たな説明の試作型を模索する。

③応仁の乱の中身を細かくするのではなく、むしろ中世的な人々の生態をつかむことで、出来事史だけではなく、多面的・多角的に時代の流れをつかむための史資料を手に入れる。

→室町幕府や諸権力者の視点だけではなく、多様な視点から応仁の乱を捉えていく。

このような観点から本書を読み進めることにより、本研究会では、中学社会科で求められる、多面的・多角的な知識・技能、思考・判断・表現を養うような挑戦的な授業案や史資料のアーカイブを構築することを、目的とする。


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