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茶入は、本当に清められているのか?

前提として、裏千家の作法を否定したいわけでは無い点、ご認識をお願いします。

ふと、拝見の際に茶入れは、本当に清められているのかが疑問に思った。

基本的に点てる際に、茶器を清めるのは汚いからではなく、すでに水屋で清められているものを、更に目の前で清める行為だと理解はしているのだけれども、濃茶の拝見ありの際のフローだとどうしても、茶入れが汚れてしまう。

順番を追って考えてみると、濃茶を点てた後、帛紗でたっぷりと抹茶のついた茶杓を清める。その後建水の上で帛紗を軽く叩いて抹茶を払うが、綺麗になる程払うのではなく、形として払うため、ほぼ抹茶が付着した状態。

拝見ありの場合、その帛紗を使って茶入を清める。
棗の場合は漆塗りなどで、表面に抹茶が着きづらくはなっているが、茶入れだと、表面がざらざらしているものが多く、清める際に茶入に接する部分は抹茶がついた箇所で擦ることになってしまう。

そもそも、準備する際に抹茶が茶入の表面に付着することもあるから、そこまで気にすることでは無いのは分かっているものの、練習しているときにふと気になってしまった。

自身がいつか本当に大切な茶入れを使うとき、どう思うんだろう。


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