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春のオルガン 湯本香樹実

私の記憶の限りではこの筆者の本を読んだのは初めてだ。私が読む本というのは大体300頁より多い頁数の小説が殆どで、こういった小さく纏められた小説というのは初めてだった。Twitterでこの作品の一部が引用され紹介されているツイートを友人がリツイートしていたのをみて購入を決めた。(最近はXとかポストとかリポストとか言うらしい。)

近年、街の本屋というのもどんどん減ってきて実際に手に取って読みたい本を選ぶと言うことが難しくなってきた。こう言うふうにその本を象徴するような引用文と言うものがあると、オンライン上でも多少購入しやすいなと今回感じた。
私の通っていた中学校は目の前に本屋があり私は毎週通っては、ほぼ全ての棚にある本をチェックしていた。それでほしいと思うものがあれば買うし、お金が足りない時は学校の図書館司書にリクエストを出したりして、本を読んでいた。図書館司書がいる学校というのは恵まれていて、特に当校の司書は朗らかで陽気な人だったので本を選んでもらったり、私が読んだ本をお勧めしたりしていた。そのように親しくしていたのでリクエストも、ただリクエスト用紙に描くだけではなくいかに素晴らしいのか司書に熱弁したりしたのを思い出した。
そんな思い出のある本屋だが今はもう無くなって当時の建物を中抜きしてコンビニエンスストアが入ってしまった。このように街の景観が変わり、思い出の場所がなくなるのを見ると寂しい気持ちになったりする。
しかし本当の問題はそこではない。本を読むと言う習慣がこれを機に明らかに激減したのだ。
高校でも図書室には通ったが中学よりは受動的な読書へと変わったように思う。
電子書籍や本以外の娯楽が溢れているのでどうやっても街の本屋というのは維持するのが難しいが、街の本屋というのは大きな本屋と違って明らかに意志を持っていて選び抜かれた本たちが並んでいるとても素晴らしい場所なので、次転居する時は本屋がある街に行きたいと考えている。

そう言った訳もあり、社会人になってから暫く本を買うことはあっても真面に読むと言う生活からは離れていたし、以前まで読んでいたような本を手に取り咀嚼するというのは気後れする作業だった。
その点春のオルガンは226頁しかないしコンパクトで読む気を起こすのにとても良かった。
久しぶりに本を手に取ったので読むのが多少遅くなっていて1時間で70頁ほどしか進まないのに驚いた。以前であれば1時間に100頁は読めていたと思う。
やはり習慣というのは大切だなと感じたし少しショックだった。

この小説の概要を説明すると、小学校を卒業し中学入学を控える小学校最後の春休みを過ごす多感な少女の話である。春休みに起きる一見バラバラな出来事が彼女を刺激し、最後にはそれら全ての出来事が彼女を前進させるという構成だった。
筆者の他の作品を読んだことがないから憶測になるのだが、今作品は心理描写が拙い印象がある。これは彼女の精神的な成熟度と言語化能力が影響している物で意図的に思春期始まりの少女のモヤモヤやもどかしさを表現したものではないかと思う。
終始、中々スパッと入り込むような軽やかで明快な表現というのはなく、暗雲が立ち込めるような湿度の高い心理状況が表現されていたと思う。

ネタバレが激しくなるので詳しくはこの投稿では書かないが彼女の身に起きた事件というのは、幼いながらも1人の人として立たなければならない状況に置かれた彼女にとって大きなストレスがかかった事は間違いない。
共感できる点も共感できない点もあった。必要ではない描写だと感じる所もあったし生々しいと思う部分もあった。そういう所もひっくるめてリアルな思春期という感じがする。知りたいことも知りたくないこともこちらには選択の余地がなく一方的に侵害される、今まで守られてきた子供が唐突に雨風に晒されるような、そういう時期である。あのもどかしさと不快感をうまく体現しているな…というのが一番の感想だった。
春のオルガンというタイトルだが、オルガンはキーアイテムになっているし季節も先に述べたように春だ。だが私はそんな単純な理由でこの名前をつけたわけではないだろうと思う。
真剣に考えたわけではないので違う解釈も勿論あるだろうが私の浅い知識によるとバレエ楽曲「春の祭典」を掛けてると思う。あの曲は迫り来る音の大群と春の穏やかが特徴的で、この作品に挿入歌をつけるならば私は間違いなくこの曲を選ぶだろう。

私にとってこの作品は結構暗い話だった。
他の人にとってそうかと言われるとそれは微妙だろう。要因として考えられるのは明るくしようと入れたシーンが私の実体験と反するものだったからだ。具体的に言うと「家族愛」である。明るくするために入れたエッセンスが私の実体験とハレーションを起こしてちょっと心が騒ついた。

この作品では「大人」が不器用ながらもきちんと「大人」なのである。なので救いのない話ではなく本当に「少女」の多感な思春期という点にのみ焦点を置いた作品と言えるだろう。
シンプルだし、普通はその方が不穏では無いだろう。
なので、皆さんは安心して読んでほしい。この本はとても良い本である。私も心が騒つきはしたものの、いまだに過去の経験から現在の思考が多少なりとも影響を受けていると言うことに気がつけて良かった。
もし次この本の詳細について言及することがあればその点も含めてきちんと咀嚼したい。

水彩画
ウォーターフォード中目

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