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エッセイ #20| コロナになった

 年末の感じが好きだ。

 家路に着こうと背中を丸めて歩く人たちを眺めるのが好きだし、クリスマスだの大晦日だのといって浮き足立っている街全体が好きだ。

 クリスマスを楽しもうとプレゼントやケーキを買う人がいたり、年末年始に家族で美味しいものを食べるために買い物を楽しんでいる人がいたり、街ゆく人の日常が透けて見えるから好きなのかもしれない。

 僕もご多分に漏れず浮き足立っていたわけだが、12月22日、2022年も終わりに近づく頃、朝起きると喉がイガイガした。気にせず仕事をしているとお昼にはダルさがやってきて、夕方にはもうダメだった。

 僕の仕事は基本的に毎日在宅勤務で、1日に3〜7件ほどオンラインの打ち合わせをしている。

 「えー、ですので、はい。またご不明点などあればお気軽にご連絡ください。本日はありがとうございました。」

 夕方は頭が全く回らず、取引先の言葉も入ってこなかったため、最低限の役割を果たした省エネ運転で打ち合わせを切り上げる。

 話は変わるが、うちにあるお掃除ロボが勤続3年を以て定年を迎えようとしている。省エネ運転どころかリモコンを押しても言うことを聞いてくれない。人間もお掃除ロボもある日突然調子が悪くなる。

 巻きで終えた最後の打ち合わせの後、体温計に願いを込めると38度とのお告げがあった。明日が2022年の仕事納め。しかもそのあとは会社の忘年会ときている。行きたい、なんとしても忘年会に行きたい…。

 しかし、風邪状態の僕が自分のわがままで忘年会に参戦して乾杯などしようものなら、会社の人たちに熱をうつして全員一網打尽になってしまうかもしれない。

 会社のチームメンバーに泣く泣く忘年会欠席の連絡。そして明日仕事を休むかもしれないという事前報告。

 夜になり、熱はみるみる上がっていき、40度の大台に乗った。ソファから立ち上がると、コンテンポラリーダンスのように体が揺れる。早くお風呂に入って寝ようと思い、服を脱ぐ。お風呂までの数歩も見事な千鳥足であった。

 通常の風邪の場合でも熱が出ると39度は超える体質なので慌てることはなかったが、今回衝撃だったのはまずお風呂だった。

 「えぇ…ぬるぅっ…」

 シャワーを出しても一向に熱くならずぬるいままなのだ。温度調節のハンドルを少しだけひねり、まあまあ熱くなったかなと思って頭にシャワーをかけた。

 「つめっ!」

 お湯が冷たいという謎の現象。

 すなわち、シャワーから出るお湯より頭の方が熱いということである。体温が40度を超えるとシャワーが冷たく感じてしまうのだ。

 (ッスー、これはちょっとやばいかぁ…)

 息を飲んだがどうすることもできない。そそくさとお風呂を済ませて寝巻きに着替え、そのままベッドに飛び込んだ。

 明日の自分の仕事は全て代打を頼んだので気は楽だったが、これは仕事を休まざるを得ないなと、ベッドの中でほとんど確信している。

 (忘年会行きたかったなぁ。)

 布団にくるまってそんなことを思っていると、今度は寒くなってガクガクと震え出した。さらに布団のバリケードを固める。顔以外はは、1ミリたりともこの結界の外に出すわけにはいかない。明日の自分に病院探しの任務を託し、悪寒に耐えながら眠りにつく。

 翌朝、7時。

 目が覚めると部屋の中が散らかり倒していた。ルパンや怪盗キッドのようなスマートな泥棒ではなく、痕跡をガンガン残すタイプの泥棒に部屋を荒らされたような散らかり具合。

 徐々に記憶が蘇る。遡ること数時間前。

 熱が出て頭が熱くなる一方で悪寒を感じ、たくさん着込んで寝ていたため夜中に大量の汗をかいた。すると身体が一層冷えて夜中に目覚める。これはまずいと暗がりの中部屋を這いつくばり、死に物狂いで着ている服を脱ぎ、下着から全て着替える作業を数時間おきに3回ほど繰り返したのだ。ジャニーズのコンサートチームも驚きの早着替えである。

 (うわぁ、夜中めっちゃ着替えたんだった…)

 言いそびれたが僕は一人暮らしのため、散らかった服を回収して洗濯する作業や掃除も全て自分でやらなければならない。こんなときに限ってお掃除ロボも深い眠りについている。

 朝起きてひとまず熱を計ってみると38度を超えていたため、会社に休みの連絡を入れる。そしてそのまま病院探し。

 今はコロナウィルスの関係で、発熱している人は発熱外来という指定された病院でないと診察をしてもらえないらしい。いくつか電話をするも、繋がらなかったり予約がいっぱいなところばかりだった。

 「…空いてないんやなぁ。」

 電話を切り、思わず1人声に出す。病院は諦めるかと覚悟した。そんな中見つけた1軒の町医者。砂漠の中のオアシス。Googleマップで検索して外観画像を見ると建物は古く、口コミも少ない。一抹の不安があったものの、しのごの言ってはいられないため電話をかけた。


「…はい〇〇病院ですー!」

「あ、もしもし。あのぉ発熱をしてしまいまして、診察がお願いできればと思ってお電話をしました。」

「診察!えぇっと、ちょっと待ってくださいね。…今日だったらね、16時くらいなら大丈夫ですよ!」


 よかった。ダメ元でも電話してみるものだ。電話口の方に色々と体調をヒアリングされて16時の約束をこぎつけた。

 そこからしっかり水分をとって栄養のあるものを食べて過ごした。食事を済ませて横になっていたらあっという間に15時くらいになった。

 どうやって病院に行こうかと悩んだ末、自転車にまたがることにした。病院は近所だったが、歩いたら15分くらいかかるのだ。一人暮らしだと病院に行くのも一苦労である。

 死に物狂いで病院に向かい、やっとの思いで辿り着いた。こう言っちゃなんだが昔のホラー映画に出てくるような内装で、中には誰もいない。

 (…やばいところに来てしまったかもしれない)

 「すみませーん。」

 声を振り絞ると中から人が出てきた。ナース服を着ていて、少しぽっちゃりしていたので安心した。ホラー映画にぽっちゃりナースは出てこない(偏見では無い)。

 「はいはい!〇〇さんね!こちらにどうぞー!」

 自分が弱っているだけあって、ハツラツと話す人の元気に圧倒される。そのまま小部屋に誘導された。格闘技のリングぐらいの広さはあっただろうか。その四隅には丸椅子が置いてあり、一方に腰を下ろす。自転車を漕いで疲れてしまっていたため、膝に腕をついて思わずうなだれた。

 (…このポーズあれだな、あしたのジョーの"真っ白な灰になった"やつだな…。てか原作知らないけど例えツッコミだけ一人歩きしてるやつ多いよな…。あしたのジョー見たことねぇな…。)

 そんなことを考えている矢先、もう1人この部屋に入ってきた。30代くらいの女性。マスクをしていてしんどそうだ。後から分かったのだが、この部屋は発熱した人が案内される隔離部屋だったのだ。

 僕の対角線に座る。ゴングが鳴る前に、矢吹丈と力石徹はお互い灰になっていた。もうセコンドの声も聞こえない。

 一発もパンチが打てない2人に、看護師さんがPCR検査キットを持ってきてくれた。全力を込めて唾液を注ぐ。

 そこからまたしばらく待ち、先に呼ばれた僕は診察室に入った。いわゆる町医者のおじさん先生だ。町医者に行くといつもそうなのだが、この先生もやはり、不思議な安心感と、不思議なヤブ医者感が混同していた。先生と何を話したかは記憶にないが、一つだけ鮮明に覚えていることがある。

 「じゃあ〇〇さんね、お薬出しておきますからねーっ。粉薬の方が、炎症とか抑えるやつですからねー。」


 「…粉薬なんですか?」


 遠くの富士山を眺めるような澄ました目で思わず先生を見てしまった。出来ることならば僕は粉薬を飲まない人生を送りたい。

 「うん、粉薬と錠剤とそれぞれねー。」

 「あっ。そうなんですね。どっちも錠剤とかに出来ませんかね…」

 「錠剤もあるけどね、効き目悪いのよー。」

 「…っ、、、じゃあ粉薬で大丈夫です…。」


 澄ました目をそっと閉じた。大人は文句を言わず粉薬を飲まなければならない。世知辛い世の中だ。


 「明日にはPCRの結果が出てるので、お電話させて頂きます。」

 お薬代のお会計を済ませ、例によってトボトボと家に帰る。日中は少し熱がは下がっていて38度くらいだったので、動けるうちに出来ることをやってしまおうとシャワーに入り、洗濯を回した。

 (万が一のために、あの予定とあの予定も断っておかないとな…)

 「ふぅ…」

 思わずため息が出る。せっかくの年末で楽しい予定が入っていたのに、断らなければならないことが辛かった。人と会うのが好きな僕としては、行きたい飲み会に行けないことが何よりも辛いのだ。おまけに今年は実家にも帰れないだろう。なんというタイミングで体調を崩してしまったんだ…。

 悔しい思いを胸に抱え、ベッドに入る。そうだ、明日には結果が分かるのだ。夜中の早着替えだけ想定して、ソファの上に着替えをたんまりセットしてその日は寝ることにした。

 次の日、目覚めると熱は38度で、当初ほどのしんどさは無くなっていた。テレビをつけてボケっとしているとスマホが光る。

 「はいもしもし。」

 「●●病院です。〇〇さんの携帯でしょうか?」

 「あっ、はい〇〇です。」

 昨日診察をしてくれたあのおじさん先生だった。電話が来るとは聞いていたが、想定より早くてびっくりしてしまった。てか先生が直接電話してくるんだ。ついに結果が分かる…!


 「〇〇さん。」


 「あなたは〜。」


 「…」


 「ぴーしーあーる検査の結果ぁ…」


 「新型コロナウィルス〜…」


 (…ドクン、ドクン)



 「陽性ですっ!」



 いや陽性かよっ!!!!!!!

 てかなんだよその言い方!
 溜めすぎだろ!ミリオネアかよ!!!
 ふつうに陰性かと思ったわ!!!
 そんなに溜めて言うなよ!陽性かよっ!



 いや溜めすぎだろ!と思ったのと同時に、"自分は陽性者になってしまったのだ"という事実に衝撃を受けてしまい、思うように言葉が出なかった。 

 「あっ…はい…。陽性ですか…。」

 皆さんはPCR検査を受けたことがあるだろうか?

 陽性者になった方はご経験があるかもしれないが、自分が陽性だと分かった瞬間は、"ついにこの病を患ってしまった"という感情がジワジワと攻め寄せる。

 コロナが日本で猛威を振るってからまもなく3年を経とうとしているが、ついに自分は陽性者になってしまった。

 それから色々と説明を受けたが、端的に話を終えてくれてすぐに電話を切った。

 「ふ〜っ…」


 一息ついた。思わず天井を見上げる。ついに陽性者になってしまったか…。いざ申告されると、無事に回復するだろうかと、やはり心配にになってしまった。

 が、一番気になったのはやはり先生の"溜め"である。

 心の準備ができるように、ゆっくりと話してくれたのだろうか?それともたくさんの患者に陽性申告をしすぎたせいで、少し遊びたくなったのだろうか?

 会話の一節一節で必ず語尾を伸ばす言い方が昨日の話口調と違っていたため、明らかな意図を感じた。先生はテレビ番組の見過ぎだ。陽性と言われても、思わずファイナルアンサー?とこっちが聞き返したくなる。

 陽性申告を受けてからはというものの、外出は控え、しっかりと安静に過ごした。1週間くらいでほとんど復活を果たし、多少の喉の痛みは続いたものの、後遺症もなく無事に復活することが出来た。

 もうあの病院には行かない。

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