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エッセイ #15| 横向きに生えた親知らずを抜いた話①

 親知らずを抜いた。

 親知らずというのは人によって生え方が異なるが、僕の場合は下の歯が横向きに生えており、抜く必要があった。話は1週間前に遡るのだが、その前にまず、僕と親知らずの奮闘記を綴りたい。

 大学生の頃、京都のマクドナルドでやわこいハンバーガーを食べていたときに奥歯付近に激痛が走り、歯医者に駆け寄った。先生の見解はこうである。


「刺さってはるね、親知らずが下の歯茎に。上の歯の親知らずが伸びて、下の歯茎に刺さって歯茎に穴あいてます。これ親知らず抜かなあかんね。」


 えっ。

 これはたまげた。上の歯が伸びて下の歯茎にザクザク刺さり、歯茎に穴があいてるだと…。歯茎を穿つほどの攻撃、いや斬撃…。上の歯はまるでロロノア・ゾロだ。くちの中にロロノア・ゾロがいる。

 先生曰く、ゾロを抜くと腫れるし痛いと言う。痛いのはめっぽう苦手なため、なんとかならないかと懇願したところ、伸びたところを少し削れば当面は問題ないとのこと。悩んだあげく、ゾロの刀を少々削ってもらうことにした。悪いがお前が大剣豪になるにはまだ早い。


 それから4年、上京した僕は社会に揉まれて生きていた。社会人2年目の頃、そういえばしばらく歯医者に行ってないなと思い、検診のために都内の歯医者を予約した。

 「親知らず生えてますね。抜いた方がいいので今度抜きましょう。」

 先生が冷静に話すので、

 「上の歯は、実はその…大学生の時に少し削りまして…」

 と、ゾロとのヒストリーを僕は話した。

 すると先生は、


 「なるほど。実は特に問題なのは下の歯でして、こっちは横向きに生えていて、隣の歯を押しちゃうので虫歯の温床なんですよね。ただ、歯の根本が下顎の神経や血管に近くて難易度が高いので、うちでは抜けません。紹介状を書くので大学病院に行ってください。まずはうちで、上の歯を2本抜きましょう。」

 と説明をしてくれた。ついにこの日がやってきてしまった。ゾロとの決別。そして新たな刺客である下の歯の親知らず…。

 どうやら、年齢を重ねれば重ねるほど親知らずを抜く難易度は上がり、ひいては周りの歯にも悪影響を与え、治りも遅くなるらしい。痛いだの怖いだの、つべこべ言ってられないため、意を決して上の親知らずを2本抜いた。まずは1本、そして数ヶ月後にもう1本。志半ばで散っていく海賊王の右腕。イーストブルーの大剣豪はいとも簡単にペンチで抜かれた。お前との冒険はここまでだ。

 抜歯はと言うと、抜く時に痛くもなければ、抜いた後に痛みが出ることもほとんどなく、2週間くらいで通常の生活に戻ったように思う。

「下の親知らず2本は、紹介状書くので大学病院に行ってください。」

 「分かりました、ありがとうございます。」


 先生と約束を誓ってから、なんと実に丸4年。僕は28歳になっていた。

 残りの親知らず2本は、どっしりと口の中に居座っている。特に目立った痛みを感じなかったため放置していたら、あれよあれよと言う間に4年が経っていた。4年である。僕がメロスだったらセリヌンティウスは500回も殺されてしまっている。許せ友よ。私にはズボラな一面もあるのだ。つくづく、大人になればなるほど恐ろしいペースで時間が過ぎてゆくのだなと痛感する。

 そこから、転機が訪れたのもやはり歯医者であった。親知らずとは関係のない別の歯が痛くなってきたので歯医者に行ったところ、レントゲン写真を見せながら先生はこう説明してくれた。

「親知らず、早く抜いた方がいいですよ。ほらこの黒いとこ。親知らずの横の歯も、親知らずに押されて虫歯になってるんでね。これじゃ歯磨きもしづらいでしょう。このままじゃ健康な歯もダメんなっちゃいますよ。」

 残念ながら、親知らずとは共存することは出来ないようだ。

 サンは森で、私はタタラ場で。そんな都合のいい世界線は待っておらず、シシガミの森が焼かれるように、健康な歯は親知らずによって着実にむしばまれていった。先生にもう一度紹介状を書いてもらった僕は、JRという名のヤックルに乗り、大学病院に行くことにした。東京のヤックルは爆速で街を走る。

 さて、皆さんは大学病院の経験はおありだろうか。大学病院というのは、とにかく待つのだ。

 大学病院の診察予約をしようと電話をかけるとほとんど通話中なので、何度も電話を改め、通話できるのを待つ。針の穴に糸を通すような感じでなんとか通話にこぎつけ、そして予約をし、診察の当日も現場で莫大な待ち時間が発生する。あげく、担当医と抜歯の日程を調整すると2ヶ月先になるというではないか。

 いやいやどんだけ待つのよ。子供の頃、母親の買い物が終わるのを、長いなぁ、と思って待機してたのを思い出したよ。大学病院は色々と長いこと待つのだ。

 そうこうしてる間に、僕の親知らずは着実に猛威を振るい、シシガミの森を焼き尽くそうとしていた。つまりはしっかりと痛みが出てきた。いても経ってもいられず、近所で口腔外科のある歯医者に藁をもすがる思いで駆け込んだ。できて1年くらいの新しい歯医者だ。先生も30代くらいで若い。

「親知らずの周りが炎症を起こしていますね。」


 炎症起こしちゃってんだ。やっぱり燃やされてんだ、うちの森。


「うちでも30分くらいあれば抜けますよ。」


 おや。

 これは急展開。


 結論から言うと、ここの歯医者で抜いてもらうことになった。仕事の調整が必要だったので、1週間後に予約して抜歯をした。


 僕の親知らず奮闘記。大学生の頃にマクドナルドで親知らずとエンカウントしてから約8年。大学病院も含め、ここまで4つの歯医者で僕の親知らずは診察をされており、まもなくこの奮闘記は終わりを迎えようとしている。

 次回、いざ本番。下の歯の抜歯編へ続く。

 そして抜歯編はこちら。

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