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エッセイ #12| オードリーの漫才中にとんでもない空中戦が繰り広げられていた話

 僕はリトルトゥースだ。

 リトルトゥースというのは、オードリーのオールナイトニッポン(以下ANN)というラジオ番組のリスナーの呼び名である。ラジオ番組というのはだいたいその番組お決まりのコーナーがあり、リスナーからのメールやハガキを読むものが一般的であるのだが、オードリーのANNはコーナーほぼなく、メールも全く読まない。終始2人のフリートークで展開されていくので、初めて聴く人でも、この2人のトークさえおもしろければ確実に楽しめる。そして、この2人のトークはおもしろい。

 ヘビーリスナーである僕は、料理を作りながらお酒を飲み、そのままキッチンで軽くツマみながらさらにお酒を飲む。そしてその最中はいつもオードリーのANNを聴いているという贅沢な休日を送る。

 「ふんふんふん〜。」

 いつものように軽快に料理を作っていた僕は、若林正恭の声を両の耳で捕らえた。

「それでね、春日さん。来月、1時間のネタライブやるんですよね。」

 なにーっ!
 オードリーがネタをやるだと!
 これは絶対に行かねばならん!

 お酒も飲んでキマッていった僕は、すごく行きたい!と思った。ブゥーウウ〜ンッと回る電子レンジの音が角笛に聞こえ、鍋から上がる蒸気はさしづめ狼煙のようだ。ぶち上がった僕は、右手に持ったおたまを振りかざし、「うおぉぉ!」と雄叫びを上げた。


 そこから1ヶ月後、僕は東京の虎ノ門駅にいた。なんと、このネタライブに当選したのである。

 皆さんもご存知の通り、オードリーは2008年のM-1を準優勝した後、常に芸能界を最前線で走り続け、2022年10月現在のテレビ出演本数が、春日が2位、若林が5位(本人たちが言ってた)と、超売れっ子芸人である。そんな大スターのネタライブが行われるイイノホールのキャパシティは500人。超絶的な倍率をくぐり抜け、この500人の枠に入ったことはほとんど奇跡だ。駅に着いてからもその運の良さをぐっと噛み締めた。

 「ん。あれっ?」

 駅から歩くと、見覚えのあるビルが現れた。なんと僕が勤めるオフィスの隣のビルが会場だったのだ。毎日自宅で仕事をしているためオフィスを見たのも久しぶりだったが、これまた運命的なものを感じた。

 会場に向かう最中も、ラスタカラーのリストバンド(ラスタカラーはオードリーのANNグッズのテーマカラーだ)をした人がいたり、リトルトゥースとかかれたTシャツを着ている人が横目に映る。戦いはもう始まっているのだ。

 建物に入るとすぐエスカレーターがあり、このエスカーレーターを5つくらい登った先に会場があるようだった。リトルトゥースたちはマナーがいい。エスカレーターにきちんと一列で並び、工場のレーンに乗った食品のように順番に会場に運ばれていく。

 無事に品質検査を終えた僕も満を持していざ会場に入る。席は後ろの方の真ん中。見晴らしがいい。後ろの方といってもそんなに大きな会場ではないので、ステージもしっかり見える。僕の席の左には20代後半の男性、右には40代前半の男性が座っていた。これから一緒にオードリーを見る仲間だ。

 時刻は15時。会場が暗くなったと思うと、ステージだけがパッと明るくなり、その瞬間私服の若林とピンクベストの春日がステージの端から現れた。

 「うぉーーー!!!」

 パチパチパチという大拍手とともに、会場のみんなは大興奮。だっていつも楽しく聴いているラジオのパーソナリティが、すぐ目の前にいるのだから!「うわ、あ、うわ…!」僕も"生オードリー"を見てとても興奮して、いてもたってもいられずステージの2人に目一杯手を振った。すぐそこにオードリーがいた。

 2人を見て、本物だ!と思ったし、かっこいい!と思った!でも何より思ったのは、

「こんな立ち方すんだ!」

 だった。

 若林は左に体重を乗せたり、しばらくして右に体重を乗せたり、膝をちょっと曲げて立っていた。春日はと言うと、片手でサンドイッチを持つようにマイクを持ち、そして小指を立てていた。どっしりと立っている。普段は胸から上の2人をテレビ画面で見ることはあるけど、立ち姿を見ることはあまりなかったので新鮮だ。目の前で動いている!

 「うぉー!」

 興奮は冷めやらない。


 ネタライブの詳細は話せないのだが、まずオードリーの2人が登場し、フリートークを繰り広げる。そのあと、オードリーにゆかりのある芸人さんたちが順番にネタを披露し、最後にオードリーが漫才をするという流れだった。

 思えば、生で芸人さんのネタを見るというのは初めての経験だ。生で見るネタは面白い。目の前で、この会場にいる限られたお客さんだけに向けてリアルタイムでネタが披露されている。安直な表現ではあるが、緊張と緩和が効いている。実際、色んな芸人さんのネタを見てよく笑った。周りの人たちもよく笑っていた。よく笑っていたのだが、右隣に座っていた40代のおじさんに、不本意ながら意識が奪われている自分がいる。

 「ヒーッ、ーッヒー!ヒャハハ!」

 え、なにその特徴的な笑い方。そして引き笑い。

 「ヒーッ!ヒーッ!」

 えぇ、そこで笑う…?

 いつもは家でテレビを見たりラジオを聞いたりしていて、他人の笑い声など気になったことはないが、知らない人と同じ箱の中でお笑いを見ると、笑い方や笑うタイミングなど、周りの笑い声が気になるという新しい発見があった。

 「ヒャハ!ーッヒーッヒーッ!」

 うわあ、気になるわあ。

 気にしないでおこうと思えば思うほど、おじさんの笑い声が鼓膜に焼き付いた。しまいには、気になりすぎてネタの内容が入ってこず、逆におじさんの笑い声にそっと耳を澄ますようになってしまった。

 クロコップ、トム・ブラウン、ザ・ギース。各賞レースのファイナリストたちが次々とネタを繰り広げる。

 「ンダメーッ!」

 トム・ブラウンが最高に面白かったのだが、

 「ヒャハッ!」

 こいつの笑い声がそれを全て掻き消した。僕にとってダメなのは、紛れもないあなたなのです。

 「ヒーッ!ーッヒーッ!」

 引き笑い大魔神の声は衰えることを知らなかった。さっさと3つ願いを叶えて早々にこいつをランプに閉じ込めたい。蓋をしたランプはガムテープでぐるぐる巻きにして深い海の底に沈めたい。

 それぞれの芸人さんたちのネタは終わり、ついにオードリーの番。さっきまで私服だった若林は漫才スーツを身に纏っている。ちょっと長めの漫才を披露してくれた。

 もう本当に感動した。ステージでネタをやることが本当に格好良いと思ったし、躍動感があったし、どの芸人さんたちより声が明瞭で、聴き心地もよかった。いつしか、オードリーの漫才に見とれて隣の魔神の声は気にならなくなっていった。ラジオで聴いてた2人の掛け合いの感じもあって、おもしろいなあ、幸せだなあと思っていると、会場に笑い声が響いた。

「ンダッハッハ!」

「ガッハッハッハ!」

 おや。

 なんだろうこれは。

 これは聴きなれない笑い声だ。隣の魔神の引き笑いとは違う笑い声である。

 そして、誰も笑ってない場面でそいつ一人が笑っていた。水を打ったような静寂に会場が包まれた中、「ンダッハッハ!」という笑い声が空を切った。


 そう。


 それは僕だった。


 えっ?


 僕は混乱した。

 僕は「ンダッハッハ!」とか、「ガッハッハッハ!」と笑うのだった。そんなことは知らなかった。自分の笑い方など、自分では本来分からないものなのだ。この広い会場の中で反響する「ンダッハッハ!」という豪快な笑い声。

 「はっ…。」


 やばいめっちゃ響いた。と思った。そしてそう思ったのと同時に、視線を感じた。右手に座っていた引き笑い大魔神だ。あまりみんなが笑ってないところで僕が笑ったものだから、「変な笑い方しとんのぉ。どこで笑うとんねん。」と言わんばかりの要領で、思わずチラッとこっちを見たのだった。


 いや、あなたには見られたくない。

 おいらよりよっぽど特殊な笑い声してましたぜお隣さんよぉ!「ッヒーッ!ヒャハ!」という、山賊の下っ端とか、ヤクザの手下Bみたいな笑い方のやつに、こちらを見る資格などない!

 「ンダッハッハ!」

 「ヒャハッ!ヒーッ、ーッヒーッ!」

 我々の戦いの火蓋が切って落とされた。ジリジリと空中戦を繰り広げる。客席の中でもこんな攻防が行われているとは無論知る由もないオードリーは、たくさんの笑いで会場を楽しませてくれたし、こちらもたくさん笑った。そしてあっという間にその時がきて、オードリーの1時間のネタライブは幕を下ろした。

 いけてよかった。オードリー、最高だった。生で漫才を見る、ネタを見るのはとてもいいものだなあと思ったのと同時に、今度また見にいくことがあるならば、隣の人が気にならないくらい自分が笑い飛ばして、しっかりその場を楽しもうと思った。

 僕と引き笑い大魔神の掛け合いなどはオードリーのそれとは比べ物にならなかったが、確かに客席では空中戦が繰り広げられていた。

 1年後、またネタライブに行きたいなあ。

 そう思いながら、今日もまた、オードリーのANNを聴いている。

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