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エッセイ #11| 大戸屋の店員さん

 大戸屋が好きだ。

 ラーメン屋や中華料理など、普段外食をするときは、"栄養バランス悪そうだな"とか考えてしまうので一抹の罪悪感があるのだが、大戸屋の場合はその罪悪感がやわらぐ。その答えは簡単で、ヘルシーメニューが多いからだ。

 休日一人でぶらぶらして、どこかでごはんを食べて帰ろうかなと思った時、近くに大戸屋があると、ええい入ってしまえ!という判断が下しやすいため、非常に重宝している。

 1年前くらいに大戸屋に行った時のことだ。


 休日のお昼でお店が混んでいたが、うまいこと客が回転して待たずに入れた。一人でメシを食うのに並んで待つなどということは考えられない性分のため、すんなり入れたのはついている。ラッキーラッキー!

 お店に入るやいなや、店員さんが席まで案内してくれた。40歳くらいのパートの主婦さんといったところだろうか。スタスタと歩く店員さんの後ろを、同じくこちらもスタスタと歩いてついてゆき、席へ案内される。

 思えば、「後ろをついてこい」と言われて(正確には「こちらへどうぞ」だったが。)人の後ろを歩くことは日常生活においてはほとんどないので、初対面の人に開口一番「後ろをついてこい」と言われ、こっちはうんともすんとも言わずに2人が列となってスタスタと歩く様を考えると、なんだかおかしな光景に思えてくる。

 主婦パートさんの頼もしい背中をつけて行くと、お店の奥の窓際のカウンター席に案内してもらった。お店は3階くらいだったので地上の様子も上から見れて抜群の席である(僕は街ゆく人を店の中から眺めるのが好きだ)。

 席へ案内されるやいなや、


「あちらにお水がありますのでセルフサービスでお取りください!」


 と元気な声で言われた。
 日曜のお昼、晴れた日の大戸屋。元気な声で接客をされると気持ちがいいものだ。

 続いて、


「こちらのタッチパネルからご注文をお願いします!」


 ときた。
 やはりハキハキと気持ちのいい接客である。


 さて、皆さんは大戸屋へ行ったことがあるだろうか。大戸屋では各席にタブレット端末があり、そこから各々が注文を済ませるので、食べたいものが決まった後にチラチラと店を見回す必要もなければ、大きな声ですみませーん!といって手を上げ、気づいてもらえなくて振りかざした手をじんわりと下げにいく必要もないのである。

 あれやこれやとメニューを眺め、「手作り豆腐とチキンのトロトロ煮定食」を注文した。こんなものはヘルシーに決まってるし、トロトロなどと書かれるとなんだか優しい料理であることを想像させる。ましてや豆腐に関しては手作りときているため頼まずにはいられない。

 しばらく待ってから注文の品が運ばれてきた。スッと背後からやってきた店員さんには見覚えがある。そう、例のハキハキ喋る主婦パートさんだ。



 「お待たせしましたっ!!!」



 そうそう、そっ。そうなのよね。この人は。ハキハキ喋ってくれるから気持ちがいいのよ。




 「お待たせしましたっ!!!…エェッ…ッ!」




 ?





 どうした!?





 「えぇっ、、、豆腐っ!」





 「手作り豆腐の!…いや、手作り豆腐とチキンのぉっ…えぇっと、、、」





「えぇっとぉ………、お好みでっ!」






!?






「お好みでっ!お醤油をかけてお召し上がりくださいっ!!!」





!!!





 どうやら主婦パートさんは、手作り豆腐とチキンのトロトロ煮、というメニューの名前を忘れてしまったらしかった。忘れてしまったため、メニューを読み上げるのを途中で諦めたのである。それっぽいメニューに言い換えて言ったのではない。すみません…とか言うわけでもない。途中で諦めたのだ。


 たしかに、豆腐、チキン、トロトロという3つの単語の順番は混乱して入れ替わりそうだし、そもそもこんなに長ったらしい名前を覚えるのは難しい。そしてこれは、非常に。非常に分かるのである。僕も19の時に居酒屋で働いてて、メニュー覚えるの苦手だなぁ、と思っていたからだ。

 分かる分かると思いつつ、主婦パートさんの凄さは、手作り豆腐とチキンのトロトロ煮を忘れてしまったあとのリカバリーにあった。突然の「お好みでっ!」ではあったが、なかなかこのカードは切れない。この一言でこれまでのもたつき、その一切を無かったことにし、"醤油をかけるとよりおいしくなる"という重要な情報だけはしっかり届けたのである。そして個人的には、なんとなくメニューを言うのではなく、途中で明らかに言うのを諦めたのがツボだった。諦めた上での突然の「お好みでっ!」。これはお見事。あっぱれである。


主婦パートさんは「ごゆっくりお過ごしください!」と言ってまたスタスタと歩いて行った。



 口の中でトロける豆腐にハフハフ言いつつ、窓の外を眺める。


 自信がなくても間違ってても、ハキハキと喋るのは重要だし、受け手側もなんだか清々しいものだなぁと、窓の外で少し寒そうに歩く人たちを見ながらそう思ったのであった。

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