【小説】ギャルの定義

あたしはギャルじゃない。
そりゃ見た目はギャルかもしれない。今時こんなに短いスカートを履いてるのはあたしくらいだし、週一でルーズソックスも履く。朝イチで担任に没収されるから、正確には週一の通学路のみ。今年の夏休みには初めて髪の色を抜いた。それで青くした。めんどくさいからそのまま登校日を迎えたら、担任の顔が一気に真っ青になって笑えた。親に連絡したけど、結局繋がらなかったらしくて、次の日までに黒くするようにって言われた。別に髪の毛青くても勉強できるのに。

この格好は近所の雪ねぇに憧れて始めた。雪ねぇはいつもミニスカートを履いていて、髪はピンク、あたしはそれがすごくかっこよく感じた。だって、自分の好きを通してるから。あたしもこうなりたい。小学校高学年のときそう思ってから、あたしは雪ねぇの真似をするようになった。

「小テスト返すぞー」
クラス全体がざわざわし始める。あたしの学校では小テストと言いながら、学期が始まるごとにすべての教科の学力テストをさせられていた。要は休みの間にどれだけ勉強したかってこと。まあ別に、あたしに関係ないんだけど。

「お前はギャルじゃなければなー」
数学の先生がそう言いながらあたしにテストを返す。98点。
「は?あーしはギャルじゃないし」
ていうか、ギャルをバカにすんなし。そう思いながら丸がたくさん付いたテスト用紙を受け取る。
「え!愛子またクラス一位!?やばくない?」
あたしが席に着くまでの間に、あたしの答案用紙を見たクラスメイトがきゃあきゃあと騒ぐ。
「やばいっしょ、ここが良いかんね」
あたしが自分のこめかみを指で指すと、周りの子がどっと笑った。数学は得意だった。だから高校も理系のとこに行くつもり。

1時間目は算数、2時間目は理科。どちらもそこそこ良い点を出せたあたしは、3時間目のチャイムとともに入ってきた先生を見て落ち込んだ。3時間目は、国語か。
「ここが良いんじゃなかったのかよ~」
隣の席の海斗が自分のこめかみを指しながら茶化してくる。
「うるせえ、数学すらできないくせに」
周りに聞こえないくらいのため息をつきながら席に座る。33点。赤点ギリギリだ。答え合わせもめんどくさいので、あたしは33点の答案用紙をどこまで小さく折り畳めるかに挑戦しようとした。衣替えしたばかりのセーラ服の邪魔な袖をまくる。

「あ」
シャーペンが落ちてしまった。
お気に入りの真っ青なシャーペンは前の席の子の足元に転がっていった。
「ごめん、シャーペン取って」
「え、ああ」
前に座る女の子、藤川さんが机の下に手を伸ばす。藤川さん、初めて喋ったかもしれない。
藤川さんは所謂いじめられっ子だった。しかも、先生には注意されないくらいのギリギリないじめ。陰口、無視、通りすがりに机を蹴られる、いじめる奴はそれをすることで、周りとの「絆」を深めているようだった。中学生なんてそんなもんだ。まあ、やっぱりあたしには、関係ないんだけど。

「はい」
「お、ありがとー」
振り返った藤川さんから青いシャーペンを渡される。藤川さんの位置が変わったことで机の上が見えた。
「100点!?」
思わず大声を出してしまった。周りの生徒がこっちを見る。藤川さんははっとした顔で机の上の答案用紙を裏返して、前を向いてしまった。あのわけのわからない国語で100点。え、すごい。

帰りのホームルームが終わってしばらく経った。うるさかったクラスメイトはみんな部活に行って、残ったのは藤川さんとあたしだけだった。というか、藤川さんとあたしだけになるのを待っていた。
「ねえ!」
藤川さんの後ろ姿がびくっとなる。相当集中していたんだろう。手元の文庫本を閉じると、こちらに振り返った。
「なに?」
「国語、すごいじゃん!」
あたしは身を乗り出して言う。
「あーし33点だからさ、ちょっと今度教えてよ」
藤川さんは周りを見渡して他に人がいないことを確認してからあたしに向き直って言った。
「いいけど…私とあんまり喋らない方が良いと思う」
藤川さんはあたしの首辺りを見て喋った。人の目を見るのが苦手なのかもしれない。
「そんなんどーでもいいよ」
「えっ」
「あーしは頭良くなりたいだけだし」
藤川さんは驚いた顔をしていた。
「やべっ失礼なこと言ったかな」
頭で考えたことがそのまま口に出てしまい、慌てて口を押さえる。藤川さんはそんなあたしを見て笑った。
「じゃあ、明日から、放課後ね」

それからあたしたちは放課後、国語の勉強をした。最初はその日の授業のわからないところを質問形式で答えてもらった。そのうちわからないところが減っていき、次の日の予習をするようになった。
「杏ちゃんやっぱすごいよ、天才」
杏、は藤川さんの名前だった。知らなかったけど、案外可愛い名前だ。
「いや、愛子ちゃんの理解力がすごいよ」
杏ちゃんは国語のワークを閉じながら笑った。最近は放課後の1時間を勉強に当て、その後15分ほど話してから一緒に帰るのが日課だった。

「来週中間テストだね」
「いやーまじ楽しみ、絶対良い点取れるわ」
あたしは下駄箱に上履きを入れながら答えた。
「全部杏ちゃんのお陰だよ、ありがと」
ローファーを履きながら、杏ちゃんの返事がないことを不思議に思って振り返る。
「あ…」
杏ちゃんはびしょびしょになったローファーを持って立っていた。
「あ、いや、今日は上履き履いて帰ろうかな」
杏ちゃんが笑顔を作る。クソだな。
「クソだな」
杏ちゃんの肩が揺れる。私は杏ちゃんからローファーを奪うと、自分が履いていたローファーを脱いでそれを履いた。
「な、」
「こっち履きなよ、いつものお礼」
歩き出すと、ローファーからぐちゃ、という音が鳴った。幸いサイズは似たような感じらしい。後ろから「ごめん」と蚊の鳴くような声が聞こえた。

国語、82点。
受け取ったときは驚きと嬉しさで「ひょっ」と変な声が出てしまったが、なるべく冷静な顔で席へと戻る。
「なんだお前、急にどうしたんだよ」
あたしの答案が見えたらしい海斗が横から茶化してくる。それを無視して杏ちゃんの席の前で立ち止まる。
「じゃーん」
82点の文字がよく見えるように答案用紙を杏ちゃんの顔の前に出すと、杏ちゃんはきょろきょろと小さく周りを見渡してから小さな声で「やったね」と言った。

次の日だった。教室に入るといつもは感じない視線を感じた。不思議に思いながらも席まで行って、近くで喋っていた女子のグループに「おはよー」と声をかける。返事はなかった。そこにいた3人の女子はぱっと散って各々の席に着いた。
自分の席に座りながらそれを見ていた杏ちゃんが、悲しそうな顔であたしと目を合わせてからすぐに前に向き直った。
その日のホームルームが終わったあと、杏ちゃんはばたばたと帰ってしまった。二人だけの勉強会はその日からなくなったものの、あたしと杏ちゃんへのいじめは次第にエスカレートしていった。

杏ちゃんと喋らなくなってから1ヶ月が経った。移動教室から一人で帰ると、教室がざわついていた。あたしの机の周りに数人の女子がたまっている。机に近づくと女子たちは真顔ですぐに散り、自席でクスクスと笑っていた。あたしの机と椅子には土がかけられていた。ここは教室、自然と土がかかるなんてことはあり得ない。
「クソだな」
そう呟いたとき、教室のドアが開いた。杏ちゃんだった。杏ちゃんは席の前でぼーっと立つあたしと、机の上の土、クスクス笑う女子を見てすべてを把握したみたいだった。

杏ちゃんは一度自分の机まで来て持っていた教科書を置くと、つかつかとベランダに向かった。ベランダから持ってきたのは、放置されて土だけが入った植木鉢だった。
クスクスと後ろを向いて笑う女子の席の前まで行き、「ねえ」と声をかける。声をかけられた女子が前へ向き直った瞬間、杏ちゃんは植木鉢を女子の上で逆さにした。
きゃーと言う声が上がり、ガタガタと周りの生徒が席を立つ。土を浴びた女子は何が起こったのか理解できていないようだった。あたしはとっさに杏ちゃんの手首を掴んで教室の外に飛び出していた。

上履きのまま校舎の外に出たところで止まる。あたしたちは肩で息をしながら顔を見合わせた。杏ちゃんの顔や制服には跳ね返った土が付いていて、それが可笑しくて笑ってしまった。杏ちゃんの笑い声が重なる。
「杏ちゃんかっこいい、あーしよりギャルじゃん」
そう言われた杏ちゃんはあたしの目をしっかり見て笑いながら言った。
「あーしはギャルじゃないし」

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