見出し画像

猫目のユリコちゃん

 アルバイト先の常連客だった猫目のユリコちゃんはいわゆる「リア充」で、僕は「パッとしないデブ」だった。リア充からノリで誘われてしまったデートは妙に忘れられず、いまだにドキドキを返却して欲しいと思っている。

 *

 『バイト終わったら電話して。』という電話番号が書かれたメモを、勤務時間中にユリコちゃんに渡された。ドキドキしながら働いて、終わって緊張しながら電話した。電話がつながるとユリコちゃんは、『おつかれさま。これからちょっと遊びに行こう?』と言ってきた。

 パッとしないデブは飲食店で働いた後だったから油臭かった。本当は急な誘いに対応できるスキルがなくて、油臭いことを理由に断ろうとしたが、『食べ物の匂い好きだよ?』という、当たり前のことを意味不明な口実にしてユリコちゃんが再びやってきた。

 当時借りていたお母さんの軽自動車にユリコちゃんを乗せて、車で一時間ほどドライブをした。車は結構なポンコツでガタもきていたから、将来どんな車が欲しいとかそんな話をしていた。音楽は母が聞いていた桂銀淑(ケイ ウンスク)かなにかで、爆笑だったと思う。

 話が煮詰まってくると、ユリコちゃんは『夜景がきれいな場所があるんだ。』と言い出し、行くしかないのかなと思って行った。たいていロマンティックな穴場というのは彼氏とかそういう人と行ったに違いないから、心霊スポットのほうがマシだと心の中では思っていた。

 夜景がきれいな場所に案内されて着いた頃には、ユリコちゃんはだいぶテンションが上がっていて、付き合ってもいないのに『あそことあそことあっちにも、カップルの車あるよっ!キャーーー』とか言ってバタバタしだした。ユリコちゃんがはしゃぐせいで、お母さんの軽自動車はカーセックスをしているように揺れてるなと思ったら、彼女はピタッと止まり目を閉じた。

 どんなドラマでも漫画でも椎名林檎の歌でも、「ここでキス」する場面だったけど、油臭い僕はさっき飲んだコーヒーが固めるテンプルだったかのように動けなかった。帰りはとても気まずかったし、ユリコちゃんは窓の方を向いて泣きながら寝たふりをしていた。

 結局ユリコちゃんと付き合うことはなく、彼女はだんだん店に来なくなった。

 *

 オッサンになった今も、テレビで夜空を見るシーンが流れる度に「あそこはするべきだったかな。」と反省したりする。けどやっぱりノリでは出来ないよなぁと葛藤したり、オッサンになってもあのドキドキは返却されてない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?