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大学1年の初夏、手にいれた幾つかの諦め

2019年の4月から慶應SFCでの生活が5年目に突入する。大学の中で自分がどういった位置にあるかを説明するのに、自分がどこの組織に属しているか、は非常に使い勝手がいい。例えばサークル。と言いながら、ぼくはなにも入っていない。そして正式に入部したことは一度もない。大学1年の春、新歓期にいろいろなサークルがご飯をご馳走してくれるというので、色々と見に行った。いくつか入部を考えて、LINEグループに招待をしてもらった。「どんな風に自己紹介をしたら目立つことができるか?」と考えて、いくつかはヒットを打ち、いくつかは盛大に滑った。そして、1ヶ月後には全てのLINEグループから退会した。

とあるサークルで、何人か今でも連絡するような友人ができた。結果的にやめてしまったが、大切だと思える日々だった。1ヶ月ほどの所属期間の中で、あつまりに4、5回足を運んだ。ある日。ひとり、気になる人が現れた。突然だった。後ろ姿なのに、目が見ひらいた。体育館ではじめてその人と会った時、彼女の後ろ姿に見惚れてしまっていた。彼女の長く、綺麗な黒髪が、体の動きに合わせて踊っている。隠せないほどに凝視していた。高い天井の中でも、彼女の声はよく通った。ぼくらは大学の新入生であったから、それが起こす、もしくは初対面の関係であるあるということが、人間の体から発っする独特のぎこちなさ。それすらも彼女は着こなしていた。ぎこちなさすら、美しかった。凝視していたから全部覚えている。

そのサークルのGWに行われた合宿に行った。合宿に行く、という意思表明は、この組織にこれからの数年間、ぼくは所属をするんだ。そんな意思表明でもあるように考えていた。だから、優柔不断なぼくは合宿に行くことをすごく迷った。しかし、そんなぼくでもその決断をとってもいい、と思えるほどにそのサークルは素敵に写っていた。そして、今。その合宿に行ってよかったと心から思っているバスを貸し切ってサークルの人々と一緒に、北関東の海が近くの宿に向かった。何時間にも及ぶ移動の中で、隣の人と話をした。外国での生活や、これまでやってきたことを聞いて、興奮を覚えた。


GW前までは、とても良識そうに見えた。「ここはいいかも」と思えたところだった。が、その合宿でサークルは急に本性を表したのか、1日目の夜の宴会で、その変わりようにぼくは、著しく居心地が悪くなった。あの人に救いを求めるように、この気持ちへの同意を求めるように、姿を探した。彼女は相変わらず笑っていた。身のこなしが見事だった。その時、ぼくの彼女への思いは、好意よりも、憧れが強くなった。ぼくが狼狽しているこの状況を、彼女は見事に乗りこなしていた。ぼくには到底無理だ。初めて会った時に、彼女にぎこちなさに着こなしを感じた理由もわかった気がした。肝が座っている人間ってのは、こういうタイプもあるんだ。

一方、ぼくはというと、居心地の悪さは激怒に変わった。帰ることを決めた。部屋に戻り荷物をまとめて、どうしようもない気持ちを抱えて海辺に向かった。星や月が出ているくらいで、街灯のない海は、波音をさせながらもなにが写っているかは、全くと言っていいほど闇だった。いくつかのことを諦めた。「諦める」と「明らか」という言葉は同源で、「物事の真実の姿やありさまを明らかにすることで、やっと諦められる」そういったニュアンスを諦めるは含んでいる。だから、ぼくはそのサークルへの幻想を諦めた。あの変わりようを見るとあれは伝統だろう。だから、彼らは変わる必要はない。去るのは、通りすがりのぼくの方だ。入部をしないという決断をするために、合宿にぼくは行く必要があった。1ヶ月の間、たしかにお世話になりました。2泊3日の合宿だったが、2日目の朝、ぼくは出て行った。


もうひとつの諦めは、彼女に対してである。素晴らしいをものを見れた。肝が座っている、なんて、言葉に聞くだけで、漢字の読み方をしっているだけで。それを目の当たりにすることなんて人生でほとんどない。もしかすると、あの日の夜が、はじめて肝が座った人に、出会った記念日かもしれない。はじめて体育館でその美しい黒髪を見た時に、よぎったのは別の女性だった。半年前に別れた女性も、美しい長い黒髪の人だった。だから、最初彼女と話をしている時、ぼくのあたまの中は半分以上、上の空だった。しかし、次第に2人は別人だ、という当たり前が明らかになってくる。生まれた土地も、すごした環境も、これまで恋をして一緒にすごした人もまるで違う。ぼくは今でもその2人に強く惹かれている。2人は別人だ。いつまでも、過去に依存していても、なにも現在に見ることができない。そういったいくつかの諦めを、その合宿では手に入れることができた。




追記

2日目の朝、ぼくは宿を出て行ったあと、近くを1日観光した。海沿いの町、景勝地として素晴らしいところだったから、何も観ずに東京に戻ることは選べなかった。午後からひたちなか海浜公園に行った。ちょうどネモフィラを見に行った気がする。その晩は、当時高校3年生で、のちにSFCに入ることになるハナワヨシノリ君の実家にお世話になった。これからSFCに入る、という彼に、ぼくはもしかすると相当のSFCの悪口を言っていたかもしれない。と思うと、ゾッとするが、結果的に彼はSFCに入った。

翌日、彼の家をあとにして、東京方面に向かうために駅に向かった。もくてきの電車に乗り込み、いつものようにイヤホンを耳に入れ、音楽を探す。何分かしたころ、もうすぐ電車が出発する、というところで窓ガラスを叩く音がする。顔を向けて見ると、彼女の顔があった。ぼくは、心底驚いた。その日はまだ合宿中のはずなのに、長い黒髪の彼女が、こちらを見て手を降っている。ぼくが、興奮して、動揺して、何がどうなっているのかわからないうちに、電車は出発してしまった。

電車の中で、彼女にLINEを飛ばす。「どうしてそこにいるの?」「合宿は?」「君はほんとうに、あなたなの?」と、次々と質問が溢れ出てくる。わかったことは、大好きなアーティストのLIVEに行くために、合宿を早抜けして、東京方面に向かっているそう。駅に着いたら、たまたまぼくがいたらしく、窓ガラスから挨拶をしてくれた。彼女に会えたことは、本当に嬉しかった。そして、もうちょっと早く気づいて入れば、彼女と同じ電車で東京に迎えたのに、と今でも考える。けれど、それもひとつの諦めなんだと思う。


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