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生地

重宝してるねぇ、そのカーディガン。着たり巻いたり一年中。いくらだっけ?
     ➖550円、、、、880円かな?(古着)
それだけ着てもらえたらカーディガンも幸せだろうねぇ。
     ➖でしょうねぇ。なに?羨ましい?欲しいの?このカーディガン。
いや、欲しくはない。
  ➖そう?なんで?頭に敷いたらあったかいよ?
いや、頭には何も敷かなくていい、、。
  ➖ふーん。気持ちいいのにねぇ。


昨晩の会話を思い出しながら、夫が着た紺色の上着の右腕に絡まりつつその生地の匂いを吸い込めばそれは、こないだから使い始めた柔軟剤のほのかな。

生地の縫い目の隙間にそれがあり、そのまた奥に霞むのは別世界の匂い。古着屋でこの上着を買う夫の姿。似たようなものばかり選ぶ夫の服は買い時がいつだったのか分からない。一緒に買ったんだっけ、それとも二人が出会う前だっけ。柔軟剤からが私か、別世界も私か。

深く閉じた目の奥には紺色がゆらゆら肌触り。硬めで頑丈な糸の匂いが鼻に懐かしく遠くまで、私の子供時代の物干し竿の下で小さな借家のかろうじて庭と呼ぶ玄関の戸をガラガラと開けた目の前犬小屋の横、洗濯物を干す母の笑った顔の腰から下の古めかしく短い薔薇の柄のエプロンまで。

こんにちはお母さん元気ですか世界。私は元気です病気がちだけどそれはまあ仕方がないですね、けれど病気って見つけなければいけないの?そんな事したら際限なく見つかりそうだけど、だから私は見つけないの、見つかったら仕方がないね。そして幸せです暮らしています貧乏だけど。それは言わなくていいね分かっていますお母さんが笑ってくれるかと思ってわざと報告、ほうら笑った懐かしい。
飛ぶ飛ぶ、生地は飛ばす気持ちを。


目を開ける。
裾に小さくロゴが入っている。

「なに?スニッカーズ、、?」
「違うよ、ディッキーズ(Dickies)だよ、アメリカの作業着の会社」
「ふーん、かっこいいね、似合う」

同じ会話を幾度と交わす。
分かってて交わす。
どちらかがどちらかを遮る事もなく。
痴呆となった老人達も、分かってて交わす事も多々あろうとふと思う。
交わして動く心の熱さ。
正直であろうとふと思う。

夫は今頃草刈りだろうか。
勤め先の学校でいわゆる用務員さんである。
アメリカの作業着はお洒落で勿体無いので作業に使わず、使ってもいいけど使わず、ホームセンターで買ったツナギに着替え草まみれになっているのだろうか、気をつけてと願う。
草刈機って怖いよね。
持つだけでゾワゾワしそう腕や足が切れて吹っ飛びそうで。気をつけて気をつけて。
心配症の私なのであまり想像しないようにする。

そしてそろそろ私もお昼を食べて仕事へ。
行ってきます、今日も生きてます。
ぼわーん、頭。
足を動かして道を歩きます。






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