見出し画像

月の女神と夢見る迷宮 第二十八話

受け継がれる想い

マリス

 そこは戦場だった。少し開けたその場所は、洞窟の中なのにも関わらず光が差し込み、あまつさえ木々さえも生えている。そして、槍と斧で武装した屈強な黒狼族の戦士達が、フィーナと黒髪の少女を取り囲んでいた。

 「フィーナ、アナタは逃げなさい!」
 その黒髪の少女が叫んだ。
 「ここはアタイに任せなっ! マリスこそ逃げてっ!」
 フィーナが少女の前に出た。そこに群がる黒狼族達。数の上ではフィーナ達が不利だ。

 「ラパン、行ってっ!」
 私はラパンにそう言って、少女の元に走った。ラパンはフィーナに駈け寄ると、共に戦い始めた。

 「アナタは誰?」
 黒髪の少女が私に尋ねる。
 「シーナ。話は後よ。下がりましょう!」
 「でも、フィーナがっ!」
 「ラパンッ、フィーナッ! 下がってっ!」
 私がそう叫ぶと、ラパンが機敏に反応した。こちらに向かって駆け出そうと振り向く。

 しかし、フィーナはその場で動けずにいた。よく見ると、彼女の脚からおびただしい血が流れていた。このままでは下がることもできそうにない。

 「待ってっ! 私がっ!」
 少女はフィーナの元に駆け出そうとする私の手を掴んで、引き留めようとした。その手をすり抜け私はフィーナの元へ走る。
 「しーなっ!」
 珍しくラパンの焦った声が聞こえたような気がした。
 
 ズガーンッ!!「きゅんっ……」
 突如として起こった爆発音に一瞬目が眩み、脚が止まった。

 何が……起こったの……?
 何かが私の視界を防ぐ。そして、私は後ろ向きに倒れた。気づくと私の身体の上に何かが乗っている。それは温かくて、柔らかくて、いつも嗅いでいたような優しい匂いがして……
 
 「しーな……わたし……まもる……」
 私に被さる何かが弱々しい声で囁いた。
 「……ラパン?」
 「しーな……だいじょぶ……いたくない?」
 ようやく開いた私の目に映ったのは血まみれのラパンだった。ラパンは私を穏やかな瞳で見つめると、私の体を確かめるように指で触れている。私の無事を確認すると、安心したように吐息を漏らした。

 そして……それから……ゆっくりと目を閉じた。

 「アナタ撃たれたのっ!?」
 誰かが私に向かって叫んだ。その声で私は我に返る。叫んでいたのは黒髪の少女だった。少女は私の様子を伺いながら、戦いを続けていた。

 その姿をぼんやりと眺めながら、私は現実味のない空間にいた。ラパンに何が起こったの? 撃たれたって何? 胸の中が、まるでかき混ぜられたかのように苦しい。

 私は思わずラパンの体を強く抱きしめた。けれどラパンは目覚めなかった。そしてその体から、ゆっくりと熱が失われていくのを感じた。

 「嘘……よね?」
 ラパンは私を護るために。私の為に……
 「そんな、ラパン……嘘だと言って……」
 ラパン起きて……お願い……

 「いやーーーーーーーーーっ!」
 心の底からの慟哭が私の身体を震わせる。

 その時だった。
 「ままーーーーーーっ!」
 ミントの叫び声が近くに聞こえた途端、私の頭の中に聞いたことのある音が響いた。

──シュィーーーーーーン──
 ……Accept Order
 Rivive Guardian 
    Gurd Skill Open
 Attack Enemy with LABYRINTH……

 光の渦が再び巻き起こった。今度は意識を失うことはなく、私は全てを観ることができていた。

 周囲に渦巻く光の帯がラパンの体を包み込むと、ラパンの体を繭が覆う。ラパンが変身するときのプロセスだった。

 「ラパンっ、生きてるっ!?」
 その喜びに浸る間もなく、繭の中にもう一つ光の玉が飛び込むのが見えた。繭の中で2つの光が連なった星のように回転している。その時間は瞬きの間のようでもあり、数時間のようにも感じられた。そしてようやくそれが収まった時、繭が弾けそれは現れた。

 「ラパン……とグリーンドラゴン?」
 それはフィーナが見たと言っていた白い髪の少女とグリーンドラゴンそのものの姿だった。

 「マスター、ご指示を」
 白い髪の少女がそう言うと、後ろに控えるグリーンドラゴンが「はびゅっ」と鳴いた。

 「ラパン? 貴女、ラパン……よね?」
 「?」 
 「……ううん、私の知ってるラパンじゃない……」
 ラパンはこんな冷たい目をしていない。ラパンはこんなにきちんと話せない。ラパンはマスターなんて言わない。ラパンは……ラパンは……私の大好きなラパンはもっと……

 「うっうっ……」
 無意識のうちに大きな嗚咽が私の喉から漏れ出ていた。

 「特にご指示がなければ、オーダー通り敵を殲滅します」
 かつてラパンだった存在は、言葉の見つからない私に業を煮やしたのか、黒狼族達に向かって戦闘を仕掛けていった。グリーンドラゴンを従えながら。

 槍や斧で立ち向かって来る黒狼族達に向けて、グリーンドラゴンが雷の矢を解き放つ。白い髪の少女が手に持つ剣からは、彼女がそれを振り回す度に光の帯がほとばしった。

 そして、ほんの数瞬の間に決着はついた。圧倒的な戦いだった。黒狼族は白い髪の少女とグリーンドラゴンにことごとく打ち倒され、その数を減らしていった。生き残った者は一目散に木々の中を逃げていく。

 「追撃しますか?」
 いつの間にか私の傍に白い髪の少女とグリーンドラゴンがたたずんでいた。

 私はゆっくりと首を横に振ってそれに応える。今はこの状況を整理したい。その為の時間が欲しかった。

 「ではご指示あるまでこのエリアを警戒、待機します」
 そう白い髪の少女は答えると、グリーンドラゴンとともに木々の中へ消えていった。

 周囲を見回すと黒狼族の姿は既になかった。ダンジョンの中で死んだ魔物は消えてしまうのだ。更に傍らに目を向けると、フィーナが黒髪の少女を抱きしめていた。

 「マリス、何でっ……」
 「フィーナ……悲しまないで。どの道私は長くは生きられなかったのだから……」
 「でもっ、でもっ!」
 
 黒髪の少女の体は傷だらけだった。そしてその命が長くはないという事は、端から見ても明らかだった。私はゆっくりと2人に近寄り、何も言えずにただ見つめていた。

 すると黒髪の少女は私に視線を移し、こう言った。
 「フィーナをよろしくお願いします……」
 私は頷きながら黒髪の少女の手を取る。
 「この娘には使命が……それを……」
 
 最後まで言う事が出来ずに黒髪の少女は息絶えた。
 「マリスーーーーッ!!」
 悲しみに暮れるフィーナを残して。

 




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?