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月の女神と夢見る迷宮 第三十二話

ミントの成長

フィーナ

 「ぷっ……くくくっ……」
 しばらく私たちの会話を聞いていたフィーナが、堪えきれないという様子で笑い始めた。
 「なぁに、フィーナ……?」
 私は両脚でフィーナの躰を締め付けながら問いかけた。私が貴女の上に乗ってる事を忘れてないかしら?

 「ちょっ、苦しいって……」
 「貴女が笑うからでしょ?」
 「だってさ、ブランシェって何か笑えるのよね。」
 とフィーナが言うと、ブランシェが言葉を発する。

 「会話がズレているように感じるのでしたら、それはまだ私自身がマスターとの会話に慣れていないせいです。ですが基本のパーソナリティーは依り代に依存していますので、そちらにも原因があるのでは?」

 あー……そう言えば、ラパンってどこか人を笑わせるような会話が得意だったわね。それを受け継いでるって事?

 「それに笑う門には福来たるとも言います。悲しみは人を幸せには出来ません」

 その言葉にフィーナと私はハッとする。言われてみれば私たちは大切な人を失ったばかりなのに、こんな風に自然に話せているのは何故だろう? 本来ならばもっと悲壮感で押し潰されているはずなのに。

 「貴女……もしかしてわざと……?」
 私はブランシェに問いかけた。
 「マスターと私はリンケージされてますので、そちらの影響もあるのではないかと推測します」

 成る程ね。私自身が立ち直らなくてはと願ったから、サポートしてくれたのね。物理的なガードだけじゃなくて、精神的にもガードしてくれるんだ。

 そんな事を考えていると、フィーナが急に声を発した。
 「敵よ!」
 私はフィーナから飛び降りて戦闘態勢をとる。フィーナは人狼の姿になり、うなり声を上げた。

 「敵の数はっ?」
 背後からミズキさんが声をかけながら、私たちを追い越して行く。
 「黒狼族が3頭よっ!」
 フィーナが答えそれに続いた。

 「ディアナは右、ライトは左から回り込め。中央は私とフィーナで迎撃するっ!」
 ミズキさんが素早く指示を出し、みんながそれに従う。

 「ブランシェ、行ってっ!」
 私はブランシェに指示を出す。しかし、ブランシェは動こうとしなかった。
 「何故戦わないのっ!?」
 「その必要はありません」
 ブランシェがそう答えた時だった。上空から複数の光の矢が、黒狼族に撃ち込まれた。

ミント

 「ライトニングアローッ!!」
 遅れてミントの声が辺りに響き渡る。その光の矢は黒狼族を貫くと、それらを光の粒子に変え、ついでとばかりに周囲の木々も吹き飛ばした。

 「きゃっ!」「うおっ!」
 左右から聞こえるお嬢様とライトさんの叫び声。もう少しで巻き込まれるところだったらしい。

 「少しオーバーキルのようですね。調整が必要のようです」
 ブランシェが首を傾げながら言った。
 す、少し~っ? これが少し~~っ!?

 「今のはミントか?」
 ライトさんが戻って来て尋ねた。あーあ、怒ってるわね、これは。
 「何、今の爆発っ?」
 お嬢様もかなりお怒りのようだ。

 「てへっ……ちょっと失敗しちゃった?」
 ミントがあざとく小首を傾げながら言うと
 「「ミーントーっ!」」
 ライトさんとお嬢様の怒りの声がハモった。

 「いやでも……凄い威力ですよ。以前とは段違いだ。」
 ヨシュアがフォローを入れる。
 「確かにね。大幅な戦力のアップなのは間違いない」
 「それは……」「そうね……」
 ミズキさんがそれに同意してくれた事で、ようやく2人とも怒り矛先をおさめてくれたようだ。

 するとブランシェがミントに向かって話しかけた。
 「出力をもう少し絞る事と、光の密度を上げる事。この2点についての調整が必要ですね」
 「うーん、魔力が暴走気味なのよね」
 ミントが答える。

 「出力を絞るには、魔力の出口を小さくするようなイメージを持つといいのではないかと。」
 「光の密度を上げるには? 威力はその分上がるんだよね?」
 「魔力を固めるようなイメージで。グッときてハッとする感じです」
 いや……その説明で分かるの?

 「分かったー。やってみる」
 ミントはそう言うと魔力を纏い始めた。分かっちゃうんだ……これだから天才は……

 「ライトニーング──アローッ!」
 一瞬溜めを作って撃ち出された光の矢は、直線上の木々を何本も貫き、遥か彼方まで飛んで行った。コンパクトでインパクトのある攻撃だった。

 「そう、それです。それなら魔力も節約出来ますし、威力が拡散する事もありません」
 ブランシェがそう言うとミントも
 「私ちょっと大人の階段登っちゃったー?」
 と嬉しそうに答えた。

シーナ

 「凄いわ、ミント。物凄い成長よ」 
 私がミントを誉めると
 「ママのお陰だよー。ママの生命エネルギーでミントは生まれ変わったの!」
 とミントが答える。

 ママ……ね。ミントの今の見た目はどう見ても10代前半。私は17歳。こんな大きな子に、ママなんて呼ばれると違和感を覚えてしまうけど……
 
 でも確かに。今のミントは、私が生み出したと言っても良いのかも知れない。出会った時とは違って、今は本当の親子になったような気がする。

 「それにしても……さっきは何で動こうとしなかったの?」
 私はブランシェに向かって咎めるように言った。

 「必要を感じませんでした。私の役目はマスターを護ることですから」
 「でも、敵が攻めて来てるんだから迎撃しなきゃダメなんじゃない?」
 「あれが偵察目的だったのは明らかです。たった3頭でこちらの戦力に対抗出来るはずはありませんから」
 「攻めて来ないと分かってたの?」
 「はい。もし攻めて来るのであれば迎撃していました。あの場合、私がとるべき最善策はマスターの側を離れない事かと」
 
 な、成る程……。戦況の分析も確かね。

 「それに、私が戦うとマスターの生命エネルギーを消費してしまいます。その点ミントは魔力エネルギーしか使いませんから、彼女に任せるのが効率的だと判断しました」
 ブランシェはそこまで一気に言うと
 「そろそろ先に進みましょう」
 と締めくくった。
 
 「偵察が出てるってことは、目的地が近いって事だね」
 ミズキさんがそう言うと
 「マリスから聞いた話によると、この先──森を抜けた所に集落があるはずなんだ」
 とフィーナが答えた。

 それを聞くや否や
 「私視てくる~」
 という言葉を残してミントが上空へ飛び上がった。

 あ……。最初っからミントを偵察に飛ばせば良かったんじゃないかって? う、生まれ変わったばかりの子に負担をかけたくなかったのよ。決して忘れてたわけじゃないわ……
 

 

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