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月の女神と夢見る迷宮 第三十九話

シーナ覚醒

シーナ

 何だろう……脚が軽い。腕もいつもより軽々と振り抜ける。

 走る。ターンをする。相手の懐に飛び込む。斬りつける。素早いヒットアンドウェー。この一連の動きを何度も繰り返す。斬りつける度に、駆け抜ける度に周りの風景が加速していく。
 
 気持ちが昂ぶる。まるで体の奥底から力が湧いてくる、そんな感じ。長との戦いを続けながら、私はそんな感覚に包まれていた。
 
 「これが……生命エネルギーの力……」
 長の躰に無数の刻印がつけられていく『裂』で切り裂いた傷。『空』で削り取った傷。

 初めは再生能力で塞がれていた傷も、回復が間に合わないのか徐々に増えていく。既に長の余裕は全く失われていて、呻き声を上げながら両手を振り回すだけだ。

 「グオオオオオオオオッ! キサマ! ユルサンッ!」
 叫び声を上げながら追ってくる長を、サイドステップで交わしながら私は壁に向かって走った。そして壁を蹴りつけ、その反動で長の頭上に跳ぶ。

 一瞬私の姿を見失った長が蹈鞴(たたら)を踏んだ。その隙を見逃さず『空』を構えた私は、自由落下の勢いで長の右腕にその切っ先を叩きつける。

 「グギャアアアアアアッ!」
 広間中に響き渡る長の絶叫。長の右腕が付け根から消え去った。そのまま床に着地した私は、右腕のない長の右脚を『裂』で切り裂いた。

 「オノレ オノレ オノレーッ!」
 既に動くこともままならない長の口から怨嗟の声がほとばしる。その声を背後から聞きながら、私はもう一度壁を蹴って跳んだ。

 「今度は左っ!」
 狙うは長の左腕だ。両手を失えば長に攻撃をする術はない。

 しかし、流石は一族の長だ。私の意図を読んだ長は、空中にいる私に向かって体当たりを試みた。

シーナ

 「くっ!」
 ダメだ、交わせないっ!。長の体が私に迫る。このままだと吹っ飛ばされるっ!

 ──シュイーーン──
 Guard Skill Open
 Create Barrier with LABYRINTH

 長の体当たりを受けた私は、空中高く跳ね飛ばされた。
 「しまっ……え?」
 確かに体当たりをされたはずなのに、何故か痛みはない。それどころかダメージの欠片も感じられなかった。

 しかし空中高く跳ばされた体は、当然ながら自由落下を始める。このままだと地面に叩きつけられるか、下で待ち構える長の攻撃にさらされるか……。どっちにしろ、マズい状況には変わりが無い。

 ──シュイーーン──
 Guard Skill Open
 Create Wing with LABYRINTH

 長の顔面が間近に迫る。ヤバい、当たるっ!
 
 そう思った途端、私の体がふわりと浮き上がった。そのまま空中を滑り、長から離れる事に成功する。

 「助かった……」
 私はそのまま空中で姿勢を立て直すと、長の姿を視界に捉えた。長は驚愕の表情で私を見ていた。

 「今っ!」
 私はそう叫ぶともう一度空中を滑空する。そして、今度こそ『裂』の刃は長の左腕を捕らえた。

 「ギャァオオオオオオオオオゥッ!」
 辺りに咆哮が鳴り響く。両腕を失った長はこの場から逃げ出そうとした。

ミズキ

 『ドゴォォォォォォンッ!』
 突然、空間を切り裂く破裂音が鳴り響いた。そしてその音がこの戦いに終止符を打った。
 
 「グルゥォォォォォォォォォグァァァ……」
 逃げ出そうとしていた長の体に穴が空いた。信じられないという表情で長がその穴を見る。するとその穴は急速に広がっていき、長の体はその穴に飲み込まれていった。そしてほんの数瞬の後、長の体はこの地上から完全に消え失せていた。

 「ミズキさん!?」
 「シーナ、無事で良かった。遅くなって済まなかったね」
 「いえ……そんな事よりそれは?」
 
 ミズキさんの持つそれはマリスさんの『じゅう』に似ていた。

 「これもまたマリスの『じゅう』よ」
 お嬢様に抱きかかえられたフィーナがそう言った。
 「フィーナ、良かったっ! 気がついたのね!」
 「ありがと。お陰でマリスを待たせる事になっちゃったわね……」
 マリスは鼻の頭をかきながら照れ消さそうに言った。

 「この『じゅう』ってのが問題でね……」
 お嬢様が私を見上げながら説明を始めた。

 あの後気が付いたフィーナから『じゅう』という武器について説明を受けたお嬢様たちは、ヨシュアに預けた魔銀の弾を誰が撃つのか話し合ったそうだ。魔銀の弾は1発しかない。やるなら1発で仕留めなければならない以上、慎重になるのは当然だった。

 その結果、最も『じゅう』の適正があったのはミズキさんだった。魔銀の弾を撃つことの出来る『じゅう』は限られていて、重量もかなりの物であった。普段から大盾を構えるミズキさん以外に扱える者がいなかったのだ。

 そしてミズキさんが撃つことに決まった後も、扱い方の説明と的に確実に当てる訓練の時間が必要だった為、それに時間を要したとの事。

 その甲斐あって、長の体を魔銀の弾で見事撃ち抜く事に成功した。それがトドメとなって、長の体は消え失せたのだ。

 「凄いです。初めての武器を扱いこなすなんて」
 「実はね、前にこれと似たような武器を扱った事があってね……」
 ミズキさんが言いにくそうな顔をしていた。あ……そっか、王都の騎士団にいた事は内緒だったんだっけ。

 「もっともそれは弓に似ているんだけど……」 
 あれだ。ボルトを飛ばす奴だ。私も旦那様に見せて貰った事があったわ。私の力では玄が引けなかったけど。

 そこまで話をした時、ヨシュアがおずおずと私に語りかけた。
 「その……シーナさん……」
 「うん、どうしたの?」
 「どうして……空を飛んでるんですか……?」

シーナ

 「ママ、翼が生えてるよ……」
 私の隣に浮かぶミントが言った。
 「え……?」
 えぇーーっ! みんなの視線が妙に下から来るなぁとは思ってたのよ。私、空中に浮いてるっ!?

 「そうなのよね……さっきからどう切り出すか迷ってたんだけど……」
 とお嬢様。
 「説明を頼めるか?」
 ライトさんも興味があるとばかりの顔をしていた。
 
 「本当に人間じゃないんじゃ……?」
 フィーナが呟くのが聞こえた。
 
 「そ、そんな馬鹿なっ!?」
 驚きの余り叫ぶ私。文字通り心も体も宙ぶらりんのまま、時間だけが過ぎていった。

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