月の女神と夢見る迷宮 第十六話
私誰?ここはどこ?
──3日後、ラパンの案内で私たちはダンジョンらしき洞窟にたどり着いた。
ここまでの道のりも決して楽なものではなかった。相変わらず私が鹿に追い掛けられたり、狼に追いかけられたりしたからだ。まぁその悉くは今、ミズキさんのマジックの中なのだが。
思わぬ収穫だったのが、ラパンに戦闘能力がある事が分かったこと。いつの間にかアーマーに身を包んだラパンは、最初こそ私と同じように獲物を誘い出す役だった。しかし、ある時お嬢様が面白半分で持たせたショートソードで、見事に狼を退治したのだ。いや、狼を狩るウサギって何者? って感じだった。
「しーな……わたし……くらいところ……みえる。さき……まかせて……おーけー?」
「え? アナタ一緒に来るつもり?」
私は思わずラパンに聞き返す。お嬢様も
「ここから先は危険よ。私たちもアナタを守れるかどうか分からないの。帰った方がいいわ」
と続けた。私はその話をラパンに伝える。
確かに、ラパンに戦闘能力があるのは分かった。でも、パーティーの連携が取れるかどうかとなると話は別だ。ラパンは基本的に私の言葉しか理解できないし、私を通してしか他の人の言葉を聞けないのだ。これは咄嗟の判断をしなければならない時には致命傷になり得る。
「しんぱい……ない……わたし……できる」
そういうとラパンは体を丸め繭になった。そして繭の中から出てきたのは……少しだけ装いの変わったラパン? 髪型がちょっと変わったのかしらね?
「みみ……見て?」
うん、耳? 相変わらず可愛いウサ耳だよね?
「ちがう……もっと下……」
え? ええーっ? ラパンに人の耳が付いたっ!?
「これで……みんなの話……きける」
相変わらず片言ではあるが、会話も以前よりスムーズになったような気がする。
「ラパン、僕の言うことわかるのっ?」
ヨシュアが前のめりになってラパンに話しかけた。
「まかセロリ……」
ラパンが得意気にそう言う。
「ラパンに俺たちの言葉が通じるなら……」
「立派な戦力になるね」
ライトさんとミズキさんが口々にそう言い、お嬢様も
「ダンジョンの中ではラパンの聴力はとても頼りになるわ。暗闇も見えるなんて斥候としては打って付けね」
と太鼓判を押す。
「まか……せろりんご?」
ラパン……それはちょっと苦しいわよ……
とにかく、これならラパンの同行は問題ない事になった。私たちは早速洞窟の中に入り、ラパンを先頭にして進むことに。
洞窟の中は所々崩れていて日が差す部分もあるのだが、総じて薄暗い空間が続いていた。しかし、どこか人工的に感じる部分もあって、これはダンジョンではないかという期待感が高まった。
──小一時間ほど歩いただろうか。ここまでの所は何も起こらなかった。
「ダンジョンならそろそろ魔物が出てきて良い頃よね……」
お嬢様がフラグになりそうな事を言う。すると
「魔物いる……さっきから……観られてる」
先頭を行くラパンが振り返って言った。
その言葉に私は手に持ったナイフを握りしめた。私の武器はバトルナイフ。非力な私ではお嬢様のように剣は振り回せない。それは以前鹿と戦った時に痛感した。だから私の長所である敏捷性を生かして、一撃の威力よりは手数で勝負するスタイルにしたのだ。
場合によっては、私も走る必要が出てくるかも知れないし……うん、その可能性は非常に高いと思う。いつものように魔物に追いかけられる未来が容易に想像できるのよね。
まあ、そうなった時でも、ナイフなら走る邪魔にはならないし、時には両手に2本持って戦える。踊るように切り裂くなんてことも……将来的にはやってみたい事の1つである。
「観られてる……か。待ち伏せされている可能性もあるな……」
ライトさんがそう呟く。
「罠が張られてるかも知れないね。ラパン、気をつけて」
ミズキさんがラパンにそう声をかけた。まだダンジョンと決まったわけではないが、魔物がいる以上その可能性は考えなければならない。
「おーけー、どんうぉーりー」
また1つ、ラパンのイメージが壊れてしまったような気がする。これが本来のラパンの性格なのかも知れない。でも、私のラパンを返してって思ってしまう私がいた。
『大丈ぶい。今はラパンも上手く言葉が使えてないだけよー』
え……チャイム? ここまで届くの?
『みたいねー。結構遠くまで繋げられるみたい。ところで……』
えっと、何か新たな情報でもあるの?
『しーちゃんを通して私とラパンも繫がってるわけ。ということは、ラパンの視覚や聴覚をしーちゃんも共有できるはずなんだよね』
え、そんなことできるの? それが出来たら索敵がリモート化できて便利じゃない。でもどうやって?
『ラパンを感じてあげて。ラパンを信じて心をそっと近づけていく感じ』
抽象的で分かりづらいけど、とりあえずやってみるわ。えっと、ラパンを感じる、感じ……ラパン? その時私の中にラパンが生まれた。ううん、ラパンの意識というか心? 何かそんな感じのもの。ラパンはじっと私を見ている。私はそのラパンに手を伸ばし、そっと触れた。その瞬間、私はラパンになった。
視覚、聴覚が一気に広がる。今まで観ていた世界とは違う世界が私の中になだれ込む。混乱状態に陥った私に、ラパンの声が響く。
『しーな、こわがらないで。私をしんじて……。しーな、すき、大好き』
その言葉を聞いた途端、混乱がすっと治まった。ラパンは私、私はラパンだ。そう思うと何だか落ち着く感じがした。でも混乱から立ち直ると同時に、今度は言いようのない恐怖感に襲われる。自分がなくなってしまうような感覚。私って誰? 誰だっけ……?
……シーナ……シーナっ!
あ、あれ? シーナって誰だっけ? 今の声は……お嬢様?
「シーナ、大丈夫か?」
ライトさん? 私が……シーナ?
「ゆっくり寝かせるんだ」
ミズキさんだよね? 相変わらずの紳士よね。
「シーナさんっ、シーナさんっ!」
ヨシュアが泣いてる? ……なんで泣いてるの?
「シーナっ!起きてっ!!」
「お嬢様……」
私はゆっくりと自分をたぐり寄せる。あぁ、そうだ。私はシーナ……シーナ・ラビリンス。……いったい何が起こったの?
『うーんと、しーちゃんね、ラパンと共有しようとして……ラパンと融合しちゃったのよ』
ふぇっ? 何それ?
『簡単に言うと自我崩壊? しーちゃんとラパンって思ったよりも親和性が高いというか、境界線が崩れ易いというかね……』
え? それって滅茶苦茶危険なんじゃ……
『うん、無闇矢鱈に共有はしない方がいいみたいね。少し訓練が必要みたい』
あっ、ラパンは? ラパンは大丈夫なの?
『ラパンは私がサポートしたから大丈夫よ。ラパンはしーちゃんを取り込んだ方だから、意識はしっかりしてるし』
そう、なら良かった……
「しーな……ゴメンね。ゴメン……」
気がつくとラパンが側にいた。泣きそうな顔をして私を覗き込んでいる。
「ラパン、アナタは大丈夫なの?」
「わたしは大丈夫。しーな好きって思ったら、おさえきれなくなって……」
ラパンのウサ耳が垂れ下がっていた。
「そろそろ何が起こったのか説明してくれるかな?」
み、ミズキさんの声がいつもより怖いっ。
「シーナ、ちゃんと説明して?」
お嬢様も激オコだ。
「シーナさん……心配しました……」
未だヨシュアは泣き止んでいない。
「いきなり倒れたのは何故だ?」
ライトさんは相変わらずぶっきら棒な物言いだけど、表情から物凄く心配をかけた事が伝わってきた。
「ご、ごめんなさいっ!」
私は慌てて飛び起きると、平身低頭平謝りをし、何が起こったのかを説明し始めた。
でもさ、一番恐かったのは私なんだからね。みんな、もう少し優しくしてくれても良いんじゃないかなぁ……?
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