月の女神と夢見る迷宮 第二十七話
私に出来ること
洞窟の外に出て来た黒狼族は、その数をどんどん減らしていく。戦っているうちにレベルアップしたのか、ミントのライトニングの効果も上がっているようだ。一撃で敵を黒焦げにする事ができるようになっていた。
程なくして洞窟内から新たに出現する黒狼族はいなくなった。それを見たお嬢様が指示を出す。
「そろそろ中に突入するわよっ!」
「まか……せろり……」「ラジャッ!」
それに応えて洞窟内にラパンとフィーナが飛び込んで行った。
「変だな……」
ミズキさんが首を傾げた。
「何がです?」
「外に出て来た黒狼族は武器を持ってなかったよね? 白狼族との戦いでは斧や槍を使っていたはずなんだが……」
確かに武器を使っている黒狼族はいなかった気がする。でもそれは元々数が少なくて、白狼族との戦いで使い切ってしまったんじゃない?
「ちょっと気になるんだ。騎士団で培ったカンというヤツかな? ラパンを通して皆に止まるよう指示してくれ。私を先頭にするようにと」
なる程。先頭に盾を持ったミズキさんを配置して、罠や待ち伏せに備えるわけね。流石は元騎士団の精鋭だわ。私は早速ラパンに指示を出す。
『わかった……』
すぐさま脳内にラパンからの返答があった。ラパンはこちらからの指示を皆に伝えたようだが、彼女の言葉を理解する経験値が足りていない者がいた。フィーナだ。
フィーナはラパンの静止の言葉が理解できず、1人で先に進んでしまったらしい。ミズキさんと私は、ラパンたちと合流しようと洞窟内に突入した。頭の上のミントに導かれながら、私たちは道を急ぐ。
しばらく進むと、壁際で待機するお嬢様とライトさんの姿が見えた。
「どうした?」
ライトさんがミズキさんに向かって聞いた。
「実はね……」
罠の可能性をミズキさんが2人に説明し始めた。その間に私はラパンと合流しようと辺りを見回す。ラパンは少し先にいた。耳をそばだてて洞窟の先の様子を伺っている。
「ラパン、フィーナは?」
私は小声で尋ねた。
「ひとり……さきに……」
どうやら本当に1人で先に進んでしまったらしい。
「戻ってくる様子はないの?」
「ない……けはい……しない……」
どうやらフィーナはラパンが気配を感じられない程先に行ってしまったようだ。テイムしていれば指示を出せたのに……と思わず呟きそうになって改めて気づく。彼女はテイムの素振りさえ見せなかった。そして彼女は最初から名前を持っていたことに。
「全ての魔物がテイムできるわけではないのかもね……」
私が独り言を言うとラパンが言った。
「ふぃーな……ていむ……べつの……だれか……」
え? フィーナは既に他の誰かにテイムされてたって事?
私がその事について考えていると、お嬢様が近寄って来た。
「シーナ、行くわよ。ここから先はミズキが先頭だって。ラパンは盾の後ろから先を探って」
お嬢様がそう言うと
「洞窟内の狭さでは、剣を振るのが難しい。ライトとディアナは突きに徹すること」
ミズキさんが2人に注意をする。
「それと……シーナにはキツいかも知れないけど、今回は戦闘に参加して欲しい」
「え……」
「シーナのバトルナイフなら狭い場所でも戦い易いからね。もちろん、倒す必要はないよ。注意を引いてくれるだけでいい」
「少しくらいの怪我なら任せて下さい。でも、無理はしちゃダメですよ」
ヨシュアがウインクしながら言った。
私は2人を見つめた。ミズキさんの目が優しく語りかけている。私にも出来ることがあるのだと。焦る必要はない。私は私の出来る事をすれば良いのだと。
「この先に罠、もしくは待ち伏せがあると言ったが、それはどんな物を想定している?」
「そうだな……私なら洞窟内の曲がり角に兵を潜ませておいて槍で攻撃する。こういう場所での戦闘の基本だよ」
「後は飛び道具があるかも知れないわね。角を曲がった所を狙い撃って来るとか」
「そっちはまかせて。らいとにんで撃ちおとすよ」
ミントが自信ありげに言った。
「しーな……こんどこそ……わたし……まもる……しんぱい……ない……」
ラパンが私をじっと見つめて言った。そうか、ラパンは前回の戦いで最後まで私を守れなかった事を悔やんでいたんだ。でもね、ラパン。私は感謝してるのよ。お嬢様を守ってくれたこと。
「さあ、行くわよ!」
お嬢様の掛け声で私たちは進み始めた。その時だった。
ズガーンッ!
まるで何かが爆発したような音が洞窟内に響いた。洞窟の奥からだ。
「敵の攻撃っ!?」
「全員、盾の陰にっ!」
「ラパンっ、敵が近くにいるっ?」
「すこし……とおく……ふぃーな……?」
待って。頭の中にフィーナが言っていた事が蘇る。
『その武器は人狼族の弱点となる魔銀を打ち出す物』
人狼族の弱点ということは、白狼族であるフィーナの弱点でもあるのでは? もし、それでフィーナが撃たれたら……
「ミズキさんっ! フィーナが危ないっ!!」
私は思わず駆けだした。
「ままっ! まってっ!! ひとりでさきにいっちゃだめっ!」
「シーナっ! 行くなっ!」
ミントの必死の言葉も、ライトさんの制止の声も私の足を止められない。
もし、フィーナが危険な目に遭ってるのだとしたら。そう思うと更に走るスピードが上がる。あの娘を救えるのは、足の速い私だけかも知れない。それが今の私に出来ること。他のみんなには出来ないこと。
「しーな……わたしも……いっしょ……」
そうね、唯一ラパンだけが私と同じね。ラパンも私と同じスピードで走れるものね。急ぐわよ、ラパン。フィーナを救うために。
そしていくつ曲がり角を曲がったか覚えてない程の距離を駆け抜け、私とラパンはその場所にたどり着いた。
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