見出し画像

月の女神と夢見る迷宮 第十二話

愛は種族を越えるんだよ!

ラパン

 『しーな……こっち……』
 いつの間にか兎の姿に戻ったラパンが、私と併走している。そして私の前に出ると先導し始めた。
 
 「ラパン、アナタまで走る必要はないのに」
 『しーな……かぞく……』
 「ラパン……」
 ラパン、アナタって子は……。こんな状況でなければ、私はラパンを思いっきり抱きしめていたと思う。
 
 『しーな……わたしの……だれも……あげない』
 ラパンから伝わる気持ちは独占欲? ちょっと愛が重いかもしれないけど嬉しいわ、ラパン。

 ラパンとそんな会話を交わしながら、ふと後ろを振り返ってみると、熊との距離はかなり開いていた。
 
 ん? 何か変だ。走り始めて間もないのに、熊はヨタヨタしている。
 
 私はスピードを落とした。振り切ってしまったら、落とし穴まで誘導できないからね。落とし穴ができるまでの時間も稼がないといけないし。
 
 そんな私の思いとは裏腹に、熊は突然立ち止まり──その巨体を大地に横たえた。
 
 「あれ?」
 ちょっとバテるのが早すぎない? 私は走るのをやめて熊を見つめる。熊と出会ったら死んだふりをしろってのは間違いらしいけど、熊が死んだふりした場合はどうしたら良いんだろう? 
 
 そんな馬鹿な事を考えていると、徐々に熊の呼吸が荒くなっていった。
 「くま……しんだ……?」
 いつの間にかラパンも人型になり、私の側にいる。
 「まだ生きてるわ。近づいちゃダメよ」
 私はそう言うと熊の姿をじっと見つめた。熊は少し頭を上げて、私を哀しそうな瞳で見つめていた。
 
 そ、そんな目で見てもダメなんだからね。動物はテイムできないのよ。ミズキさんに言われたことを思い出す。『魔物は知性があるからテイムできる』んだから……
 
 ──なら知性がある動物は?
 「試してみる価値はあるかも知れない」
 「しーな……ちかづく……きけん……」
 私が一歩熊の方に近づくと、ラパンが私の腕を掴みながらそう言った。
 
 「そうね。これ以上は近づかないわ。ここで見張ってるから、ラパンはみんなを呼んできてくれる?」
 「しーな……みんな……よぶ……できる」
 あ、そうか。共有してるんだった。

チャイム

 「そうなんよねぇ。しーちゃんが見てる物も、考えてる事も丸っとお見通しなんよー」
 声の聞こえた方に顔を向けると、チャイムを先頭にして全員がこちらに歩いてくるところだった。
 
 「シーナ、いくら何でも熊をテイムしようなんてことは……」
 ミズキさんが呆れた顔をしながらそう言った。来る途中で私の考えをチャイムが話したのね。
 
 「危険かもしれないけど、既に倒れてる熊に剣を突き立てるのは私もね……」
 お嬢様は消極的だけど賛成みたい。
 「俺とミズキを盾にして近寄れば大丈夫だろう」
 ライトさんは賛成派……と。
 「おいおい……さすがに熊を受け止める自身はないよ。でも、まあ……やってみる価値はあるかな」
 ミズキさんも折れてくれた。
 
 「もし何かあっても、僕が回復しますから!」
 心強いわ、ヨシュア。でも、それって私だけよね。ヨシュアの回復は今のところ女性にしか効かないのだ。
 
 パーティーメンバーの賛同を得られた私は、熊のテイムを試みることにした。盾を構えるミズキさんと剣を構えるライトさんの陰から手を伸ばして、熊の頭に触れる。そしてその目を見つめながら、名前を囁いた。
 
「アナタの名前はラベンダーよ」 
 すると、いつものように頭の中に言葉が浮かんだ。
 
 『おなか、すいた』
 成功だ! 私からあふれ出る喜びの様子に、みんなも成功した事が分かったようだった。
 「シーナ、やったわね!」
 お嬢様が真っ先に褒めてくれた。感無量です、お嬢様!
 
 『おなか、すいてるの』
 ラベンダーの言葉が再び頭の中に浮かぶ。
 「ごめん、お腹が空いてるのよね?」
 私がそう言うとラパンが近寄って来た。そしてランドセルからリンゴを取り出すと、おもむろに差し出した。

ラパン

 「ラベンダー……たべる……いいよ……」
 私はそのリンゴを受け取り、ラベンダーの口元に持っていく。するとラベンダーは一瞬でリンゴを飲み込んだ。
 
 「もっと……たべる……?」
 ラパンは自らラベンダーの前に立ち、ランドセルの中身を全て出した。ラベンダーはそれを片っ端から口の中に頬張る。その様子を見てラパンは満足そうに目を細めた。
 
 「なんか……尊い……」
 私がそう呟くと
 「愛は種族をも越えるのね……」
 お嬢様も隣で呟いていた。
 「愛は食物連鎖も越えたかぁ」
 チャイム、それは色んな意味で台無しよ……
 
 『くま……きらい……でも……らべんだー……きらいちがう……』
 『くま……こわい……でも……らべんだー……こわくない……』
 セージとローズマリーもラベンダーのことを認めてくれたようだ。
 
 「ラベンダー……にわとり……たべる……だめ。にわとり……かぞく……」
 ラパンがそう言うと、ラベンダーは大きく肯いた。どうやら愛は言語の壁も越えたらしい。
 
 こうして熊のラベンダーが仲間になった。
 
 なんか、こんなゲームがあったような気がするのは私の気のせい?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?