月の女神と夢見る迷宮 第三十四話
同じ過ちは繰り返さない
「その……話の邪魔をするようで申し訳ないのですが……」
「──ふぇっ!?」
「作戦開始の時間です、マスター」
いつの間にか傍らに控えていたブランシェがそう言った。
「分かった、すぐ行く」
ライトさんはそう言って私から離れて行く。
「あ……」
私は思わず手を伸ばしかけて、その手をぐっと握りしめた。
『行かないで……側にいて……』
ともすればそう口に出してしまいそうになる弱い自分を、どうにか無理矢理ねじ伏せる事に成功する。ここは戦場なんだ。今はそんな泣き言を言ってる場合じゃない。私は自分自身にそう言い聞かせると、ブランシェに向き直った。
「ブランシェ、ミントに攻撃指示を出して」
私は心の動揺を悟られぬように、わざと平坦な声でブランシェに告げた。
「了解しました。カウントダウンします──3,2,1,ファイヤー!」
その途端上空から光の矢が降り注ぎ、前方の集落に火の手が上がった。混乱して狼狽える黒狼族の姿がミントの視界を通して私にも伝わる。
「今ですっ!」
私は少し離れた所で待機していたお嬢様たちに向かって叫んだ。
その言葉を待っていたかのように、ミズキさん、ライトさん、お嬢様が燃えさかる集落に向かって駆けだしていった。
「フィーナ、案内して」
ここから私たちは別行動だ。何を探すのか、何処へ行けば良いのかはフィーナだけが知っている。
「分かってる。アタイに着いてきて」
フィーナは狼の姿で先頭を走り出した。
その後ろに私とブランシェが続く。私たちは炎に燃え盛る里の中心を迂回して、奥へ奥へと進んだ。
「不思議……さっきより体が重くない……」
そう、フィーナの背に乗らなければならなかった程の倦怠感が今はない。狼になったフィーナのスピードは当然人間よりも速いはずなんだけど、私は苦もなくついて行けていた。
「マスターの生命エネルギーの増大を感じます」
私と併走するブランシェがそう言った。
「んー? 特に何かした訳じゃないんだけど……」
「愛の力って偉大よねぇ」
フィーナがからかうように言う。
「───っ!?」
な、な、な、なんでッ!?
「さっきの見てたわよ……多分みんな……」
「あぅぅっ……」
私はうめき声をあげると同時に体がカァッと熱くなる。恥ずかしい。穴があったら入りたい。そんな気持ちで心が埋め尽くされていく。
「これが愛するという感情なのでしょうか? 確かにマスターの心の奥底から生命エネルギーが溢れてきます」
もう、やめてーっ! 私のMP(メンタルポイント)は0よっ!
「いいから黙って走りなさいっ、2人ともっ!」
私はそう叫ぶと、また一段スピードのギアを上げた。
「多分ここよ……」
フィーナが立ち止まった場所には一際大きな建造物があった。明らかに普通の家屋ではない。石造りの硬そうな外壁に囲まれたその建物は、何かの遺跡のようにも見える。
「建物の入り口に、見張りと思われる黒狼族が数人います」
「当たりね……」
「私が囮になりましょうか? マスターとフィーナはその隙に中へ……」
「ダメよっ!」
私はすかさずブランシェの言葉を遮る。
あの時、何の考えも無しに私が飛び出さなければ。もっと考えて行動していたなら。ラパンを失うことはなかったはずだ。私はもう2度と同じ過ちを繰り返さない。その為にはよく考えなくちゃ。最善策は何かを。
「古典的だけど、石を投げて注意を引きつけるというのはどうかしら?」
注意をそちらに向けて背後から一気に攻撃する。シンプルな作戦の方が上手くいくと言ったのはブランシェだ。
「それなら石よりももっと良い物が」
そう言ってブランシェが取り出したのは、ラパンの持っていた光の剣だった。
「これは光の矢を放つ事も出来ます。これで……」
「了解。それはアナタが使って」
「……分かりました」
ブランシェが暫く考えた後に肯いた。
ブランシェとしては私が危険な前線に突入する事なく、後方から攻撃して欲しかったのだろう。でもね、私はもう誰かが私の盾になるのは嫌なのよ。
「ですが、マスター。無理をしないと約束して下さい。マスターにはマスターを待つ人がいるのでしょう?」
「──っ! それこそ余計な御世話よっ!」
ブランシェの言葉に、私は気恥ずかしくなってそう言ってしまった。
私を心配してくれるのは凄く嬉しいけど、そう簡単には素直になれないのよ。するとブランシェはこう呟いた。
「これがツンデレと呼ばれる感情……類は友を呼ぶ……いや、この場合は朱に交わればでしょうか……」
「いいからさっさと撃ちなさいっ!」
私はブランシェのお尻を蹴飛ばした。
ブランシェの撃った光の矢は、私たちのいる場所から反対方向に飛んで行き、地面に着弾した。
「ズバーンッ!」という轟音と共に炸裂した光の矢は、周囲に砂煙を巻き起こす。入り口付近にいた数人の見張りが、何事かとそちらへ駆けだしていった。
もうその時には、私たちは入り口に向かって駆けだしている。そして彼等が私たちに気づいた時には既に手遅れだった。
ブランシェが光の剣で斬りかかり、フィーナが爪と牙で見張りの喉を切り裂く。私はマリスの形見の短剣を両手に構え、コマのように体を回転させながら斬り伏せていった。そんな私たちの怒濤の攻撃に、見張り達は為す術もなく倒れ、声を上げることもなく倒れた。
見張り達の骸が光の粒子に変わり、辺りに静寂が戻った。
「この短剣、凄いわ。切れ味も抜群だけど、振り抜く時のバランスが絶妙なのよ」
「正直マスターがここまで接近戦が出来るとは思ってませんでした」
「アンタ……マリスみたいだった……」
フィーナが呟いた。その表情には少し寂しげな、そして懐かしむような感情が滲んでいた。
「そっか……。この短剣にはマリスさんの魂が宿ってるのかもね……」
私がそう言うと、フィーナは微かに肯いた。
「障害オールクリア。中に突入しましょう」
ブランシェの言葉に私は力強く肯いた。
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