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おウワサはかねがね その44「武装って意味、はじめてわかったかも」

「おウワサはかねがね」は、お互いの「ウワサ」だけは知っている波多野伶奈(俳優)と野花紅葉(劇作家)がnoteを通じてやりとりする企画です。会ったことのない2人の関係はどう変化するのか、2人が本当に会う日はやってくるのか(※11月ついに会いました)。毎月0のつく日は野花紅葉、5のつく日は波多野伶奈が更新します。

前回のおウワサはかねがね【その43(11月10日)】


もみさんへ

ちゃむです。前回は「半年間noteだけで交流してた人とついに会っちゃいましたレポ」ありがとうございました!読みました!読んだ際、えもいわれぬ悶えに襲われました、、。何だったんだろうあれはと思っておりますが、たぶん照れ!!!!もみさん側から見た波多野伶奈像の判明、そして共にした高円寺の街並みが思い返されることで全身に感情が巡りました(って書くとなんかきもいな、、)。大変面白かったです!

それを受けて今回何を書こうと悩みましたが、「会ったからこそ考えられること」が良いかなということで、見た目と個人の関係?みたいな話を考えてみようかなと、、、。

見た目。もみさんの見た目の印象は前々回書いた通り怖気づくくらいお綺麗で、会って一瞬でホワチャ〜!となってしまったのですが(ホワチャ〜とは、、?)、と同時に以前の絶対神・他己評価のはなしを思い出しまして。この回はもみさんが「わたしの歩んでいる道はわたしが作っていると思っています」と話されてたのが非常に印象的で、内実「そんなことできんのか?」と思っていたのですが、三次元のもみさんを見て納得したと言いますか、、。私、見た目からか話し方からか他人にめちゃくちゃなめられるんですが、もみさんと自分を比較した際に、そりゃなめられるわと思いました(なめられていいわけはないんですが)。もみさんの見た目はゲキ強。綺麗で怖気づくくらい(語弊がないか不安、とても肯定の意味です)。中身を知らない他人同士がお互いを判断する材料として見た目が使われるわけで、そこに対する一種の諦観を私は持っているために、見た目をどうこうしてなめられないようにしよう!とは思ったことがなかったのですが、擬態する、武装するは有効な上可能なことなのかもしれないと、見た目に関することで言えば今回お会いしてはじめて実感しました。もちろん見た目を自分でコントロールするにはセンスもお金も努力も必要だし、簡単に為せることではないのですが、手段になるんだ!と個人的な気づきがありました。

また、文字面だけのやり取りから視覚情報が追加されたことで思ったのは、実際に相手の人生を実感とともに知ることができるな、ということ。今まで言ってしまえばネット上だけでやり取りしていて、本当にここで述べられていることを実現した思考を持つ人が実在している人がいるという実感はほぼなかったのですが、会ってはじめて「あ、いる」となったと言いますか、、。もみさんの輪郭がハッキリした感触があって体験してとても面白かったです。イメージで言うと、中身だけ飲んだことある飲料の名前とパッケージを初めて知ったみたいな、、感触、、?伝わる、、?書いといて違う気がしてきた、、

と言う感じでまとまっているかわかりませんが、、すみません、、もみさんの思う見た目のお話も聞いてみたいなと思ってます!

最後に。音楽貼ってもよかったのですが、追記として、最近の私の話を書きます、、。最近私は「私を傷つける世界つまり人間まじで死んでくれ〜〜〜!」の感情がものすごくて、、。今までは悲しみそして悲しみ、ウワ〜涙涙涙、みたいな感情の要素が強く、殺意や怒りや憎しみの要素ってほとんどなかったんですが、最近は悲しみより殺意寄りの感情が沸くことが多くて、、なんだこの変化となっており困惑気味です。感情の矛先は悲しみが強かった時代から変わらず過去のとある出来事。何ででしょうね、、?もみさんは過去の因縁深い出来事に対しての感情の種類が移り変わったことはありますか?これに関しては次回のnoteでなくても良いし、いつかまたお会いした時に話すでも良いのですが、もみさんに聞いてみたくて書きました。次回orいつか!聞かせてください〜

ではでは、また次回、楽しみにしております!ばいばい!

ちゃむ





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