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”こいのうた”

パイ投げ送別会から数日後、俺は中山と2人で遊んでいた。
なぜこんなことになっているのか…?
きっかけはSNSでのやりとりだった。
筆まめな俺はSNSに「今日、ラゾーナでマリオカートして…」という日常の話を書いていたのだが、そこへ中山がこんなコメントをしてきたのだ。
「久々にマリオカートしたいな」
…これは面白そうだなと思った俺は返信する。
「お?なんか賭けて勝負するか?」

少し前の仕事中、お互い「土下座なんてしたことがない」と話したことがあった。そんな話をした後の会話なんて当然「負けたほうが、ゲーセンの前で土下座する」というしょうもない賭けになる。
しかし、俺も中山も、相手のプライドをズタズタにしようが"相手の初めて"を勝ち取ることに必死だった。
もちろん俺は決戦の日に備えて猛練習をした。猛練習している間、ずっと中山のことを考えていられることも実際幸せだった。

決戦の日。中山は練習などせずに俺に立ち向かってきた。
結果、見事にマリオカートで俺が勝った。もちろん中山は土下座などせず、別のゲームもやらされた後、俺が負けた瞬間に土下座は俺がするという鬼のお局ルールが発動されていた。
しかも、俺の土下座は中山の携帯の動画に撮られたのである。ぶっちゃけ、好き・嫌い以前に嘆かわしいと思った。
一通り笑われた後は飯に行こう!ということになり、2人は川崎のチッタにあるジョナサンに行った。俺も、中山も、まだ付き合っている人がいたが、そんなことはどうでもよくなってしまった。
一線を超えなければ楽しいし別にいいや。とお互いが思っていた。
話しているうちに夜は更けていき、俺はまた終電を逃した。今度は最初の飲みとは違って故意に逃す。
中山はやさしいギャルだったから、俺が川崎で一人になるとなれば、一緒に遊んでくれるに違いない…。とシメシメ思っていた。
中山への気持ちが高まりまくっている俺はホテルはどうでもいいから、今日は2人で過ごしたい。
「ねぇ。終電あんの?」
「あ~・・・もうないわ。漫喫でもいくよ。」
そんな気もないのに。
義理難い中山は帰らずに一緒にいてくれることを知っていて、そう言った。
「マジで!!ウケる!!笑 どうしよう、じゃあカラオケ行こうか」
「はっ!?彼氏は、いいのかよ」
「いや、夜勤やで、大丈夫」
そんなやり取りをしてカラオケにきた。いつものガチャ会とは違い、テーブルは寄せないし、酒もない。
いつもの中山の家での泊まりとは違い、初めて下半身が反応した。半立ちというものだ。
でも、だめなんだ。あと数ヶ月で中山は結婚する。これだけ楽しんだら、諦めなくては。だから、一線は絶対に超えてはいけないと、気持ちを抑えてのカラオケは続いた。

いつもは盛り上げ曲ばかりだが、今日は普通に歌いたい曲を入れて話しながら歌っていた。
中山が曲を入れる。なんとなく聞いたことがあるタイトルだった。それはGO!GO!7188の「こいのうた」。

きっとこの恋は
口に出すこともなく
叶うこともなくて
終わることもないでしょう
ただ小さい小さい光になって
あたしのこの胸の温度は下がらないでしょう
欲を言えばキリがないので
望みは言わないけれど
きっと今のあたしにはあなた以上はいないでしょう

俺はここで初めて中山の気持ちに気がつく。中山が俺のことが好きなのではと。考えすぎとも、気のせいとも思わなかった。

「いい歌だね」と俺は口にした。
「そうやお。好きな歌なんよ」

その後から、中山は腕につけてた輪ゴムで俺を攻撃し始めた。
「イテッ…なんだよ!」
「輪ゴム、腕についてたんやて笑」
「ばばあかよ!笑 なんで輪ゴム?笑」
「品出しのときに余ったから手首につけてた笑」

そこからは朝までカラオケはせずにお互い輪ゴムを使って遊ぶふりして、相手の体にギリギリのところで触っていた。
途中、俺がなかやまの後ろから抱きつく形になる場面もあったがキスは我慢した。
ほんとに男かよと自分で思うほど、中山と一線を超えないことを考えていた。翌日、俺と中山は休みだったが、それぞれ相手持ちの俺らは始発で家に帰る流れになった。
「また仕事でな」と別れ、帰るために電車に乗る俺。

俺の地元は茅ヶ崎で川崎からは遠かったが、このまま家に着くのも、マジで胸が破裂しそうだったから、帰りに京浜東北線に乗り換え、桜木町に寄ることにした。

早朝6:00の桜木町の朝は人が少なく澄んでいた。
4月1日、氷川丸の傍の桜の木は咲き始めていた。
俺は「桜が咲いてる!」と中山に桜木町の画像を送った。

俺が心を動かされる景色を見た時に、中山がここにいたらいいのにと思った。
もう恋以上の何者でもなかった。朝まで輪ゴムで遊んだだけの出来事がすでに宝物だった。

家に着いてからも寝れなくて、チャリで江ノ島に行ったりして、海を見てぼーっとして1日やり過ごした。好きな景色の場所へ行っては、中山に送っていた。

4月3日、中山は仕事がOFFで、俺は早番で夕方に仕事が終わった。
仕事が終わってからも上の空で、一旦、中山のことを忘れようと空手道場にトレーニングしに行った。
空手は俺の好きなことだから、いくらか気は紛れた気がした。
本当に運動って最高だな、こういうとき本当に気分転換になる。

しかしその帰り道。中山から長文のメールが来た。空手で紛れた俺の心は呆気なく中山に戻される。内容はこうだ。

「今までたくさんガチャと楽しんで、腹痛いくらい笑って、本当に出会えてから色々な事が楽しかった。
こないだのカラオケも珍しく2人だったけど、いつものカラオケと同じくらい楽しかった。ありがとう。

これからもずっと一緒に楽しく過ごしたいな。
なんていうか、実は、わたし、

君のことが好きだよ。」

「えええ!??」

桜の木の下で俺はこのメールを読んでいたが、
この気持ちを忘れたくないと思って、見てる景色を撮ったんだ。

このときはドキドキドキドキして…ん?

このメールには、このあとすげえ改行が打ち込まれていた。

読み続ける俺。

「…なーんちゃって!
騙された?笑
エイプリルフールやで、騙されるかと思って言ってみた笑」

と読んだところで中山から電話が来た。
中山が爆笑する声が聞こえる。

「なんだよ笑笑 騙されそうになったんだけど笑」
「昨日嘘つきそびれたと思って笑 ウケる笑」
「急に何かと思ったわ!笑」
「バーカ!笑」

この女、マジ、ひどすぎる笑

「うるせえな笑 バーカ!笑 エイプリルフール過ぎてんじゃねえか笑」

少し遅いエイプリルフールだったらしい。
しかし、嘘だと明かされても、もう気持ちは抑えられなくなっていた。
気を紛らわして空手の練習に来た俺の努力はあっけなくパァ。

エイプリルフールの嘘告白があっても、別に気まずくなったりしないくらい友達だった俺ら。
翌日も、その翌日も、「笑ってはいけない接客」とかしてふざけながら仕事をしていた。
いつもの日々は少しだけ続き、またいつものカラオケの日になった。

あの日の告白がエイプリルフールだとしても中田と星野にはそんなんがあったことを話さなかった。
誰かに話すと、俺は大体失恋してきたからだ。
どこかで付き合えたらなという諦めの悪さがあったのかもしれない。誰かに言って失恋することが怖かった。

その日のカラオケも騒いで、さあ帰ろうと言う時、
中山が言う。
「まだ始発ないやろ、うちにこやあ」
「よく呼ぶなあ笑 田舎のババアかよ笑笑」
といいながら、俺は俺で厚かましくお邪魔した。

彼氏は千葉の実家に帰ってていないらしい。

家につくと当然この間のエイプリルフールの話になった。
はじめは笑ってたんだけど、この日は違った。

適当に笑って終わり。ではなかったのだ。
というか、俺が終わりにさせなかった。

「あれさ、マジで嘘?」
「彼氏おるでうそじゃなかったら困るじゃん。ガチャはスズキと終わりそうだけど笑」
「ふぅん笑」
「…そっちは?」
「は?」
「好きな人いんの?」
「…いるよ。」
「え?!職場の人?」
「え!?は!?」

気づいてねえのかよ、こいつ笑

「中山って言う人が好きな人」
「……マジで?笑」
「…知ってただろ?笑」
「うーん、うん笑 でも、そう思ってても違うと思ってた。」

戸惑う中山。もう俺は付き合おうと思っていた。

「どうすんの?笑」
「どうしよう笑」
「もうこうなったらしょうがないよ、付き合おう」
「えええ…」
「なるようになるよ、俺らが本当にうまくいくかもわかんねえし。それとも中山が彼氏と別れるのかもわからないけど、今、したい方をしよう」

中山は少し考えて、「うん笑」と言った。

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