run for survive

天井のスピーカーからサイレンが鳴り響く。
同室の男たちがのそのそと起き上がるのと同調するように、私も体を起こした。

スーツにサングラス、そしてマスク。支給された黒づくめの服に手早く着替えると同時に、備え付けられた小窓から人数分のパン、パックの牛乳が投げ込まれる。
毎日毎日、代わり映えのない食事。
これから始まる肉体労働を思うと、もう少しボリュームがあっても良さそうなものだが、文句を言うものはいない。
スーツに落ちたパン屑を払い、部屋を出た。

宿舎の外には、真っ黒いマイクロバスが止まっている。1台につき、10人乗り。それがざっと200台以上はあるだろうか。
数えるのも嫌になり、先頭の車両に乗り込んで席に着く。同じ格好をした男たちがぞろぞろと乗車し、すぐに満席になった。運転手が何も言わずに車を発進させ、ぼんやりと朝焼けを眺めているうちに少し眠ってしまったようだ。気づくと停車した車内から男たちが降りている真っ最中だった。慌てて車から飛び降りる。

その場所は遊園地だった。広い駐車場にはすでに男たちが列を形成している。我々はほぼ全員が同じ業務に当たるが、放出されるタイミングが異なる。私に当てられた名前、いやただの識別コードというべきか、はE417455。前方の掲示によると、最初から業務にあたるブロックに割り振られていた。少し憂鬱な気分になりながら、列の最後尾につく。

その状態で30分ほど待っただろうか、やがて列が行進を始めた。そのまま遊園地の園内に入り、ハリボテのゲートの裏側で待機する。ゲートの向こう側で老若男女、数名の嬌声が響いている。すると突如、目の前のゲートが開いた。足元からは白いスモークが焚かれており、毎回景気のいいことだと辟易してしまう。
先頭の男から、順番に園内へ足を踏み入れる。決して走ってはならない。ある条件を満たすまでは。

園内に入った私はキョロキョロとあたりを見回しながら歩き回った。
時おり、男女の叫び声とそれを追いかけるようなバタバタとした足音が耳に入る。が、そちらを見ることもなく、自分の業務を続ける。

1時間ほど歩き続けたころだろうか、ピンク色の服に身を包んだ女性が、周囲を警戒しながら移動するのが目に入った。
あまり女性をターゲットにするのは趣味ではないのだが…そういう決まりなので仕方がない。
私は1歩踏み出し、あえて大きい足音が出るように意識しながら女性目掛けて走り出す。すぐに気がついた彼女は、機材を背負ったそばの男に向かってオーバーリアクションを取りながら、私と距離を置くように逃げ始めた。

しばらくお互い直線的に走った後、彼女は売店の角を直角に曲がった。数秒遅れて私も同様に曲がったものの、そこに彼女の姿はなく、機材の男がさらに先の角に消えていく姿が見えるばかりだった。
私は分かりやすくスピードを落とし、息を整えつつ先ほどと同じペースで歩き始める。

我々の業務とは、これが全てである。
リストアップされたターゲットのうち誰かが目に入れば、追いかける。
視界に入らなくなればそこで追いかけるのはやめ、逆に追いついてしまった場合は軽くタッチしたた後、また普通の歩行に戻る。その繰り返し。およそ1日繰り返し、時間が来たらまた宿舎に戻る。

この業務にあたるまで、自分が何をしていたかは思い出せない。
そういえば、ほぼ個性というものが奪われたこの生活の中で、私が唯一「個」として認識してきた同僚がいた。彼は私よりも早くこの業務を開始しており、どこから仕入れたのか、こんなことを教えてくれた。
曰く、「俺たちはクロノス社という会社に所属していることになっている」「俺たちが捕獲した人は何かを奪われるが、命に関わることではない」「この業務は誰かに見られている」
この話を私にしてしばらくすると、彼の姿は宿舎から消えた。
風の噂では「球を兵器として使う戦場」に投入されたらしいが、それも今となっては私に関係ない話だ。

そんなことを考えながら歩いていると「どれだけ!」という声が聞こえた。ふと目を向けると、女性にも男性にも見えるターゲットが私から逃げ始めるところだった。
余計な声を挙げさえしなければこちらの仕事も増えないというのに…。
私はターゲットに向かって駆け出した。

run for survive 追跡中


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