賢人と灰
「馬鹿と煙の反対はなんだろうか」という質問に対して、彼は「賢人と灰」と答えた。
「灰は、空に上っていかずに、いつまでも地面を這いずり回っているから」
その時彼は背もたれにもたれて窓の外を見ていて、質問をしたこちらを見ようともしなかったのだが、それが何だか拗ねているような、軽蔑のような態度に見えて、その話はそこでおしまいとなった。
彼が亡くなったのはそれから数年後の初夏だったのだが、彼の遺体はよく燃えたらしく、灰も残らず骨だけになっていた。
6月の湿り気と生ぬるい風に虫の声はなく、彼は、死んだあとの彼の体は、何に遮られることなく葬場の煙突から曇天に混ざり見えなくなった。
煙は灰の反対ではなかったなと思ったが、それを笑えるほど彼の死を受け入れることもできず、せめて灰が残ってほしかったと乾いた唇で彼の名前を呼ぶだけだった。
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