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いま将棋界で起こっていること(後編)

前編からのつづき。

羽生九段について

羽生さんは、七冠制覇、永世七冠、国民栄誉賞受賞など、華々しい功績があり、それらは説明するまでもないと思います。1989年に初タイトル竜王を奪取。1990年に無冠になりますが、1991年から2018年までタイトルを保持し続けていて通算タイトルは99期になります。あまりにも強すぎるので『鬼畜眼鏡』という愛称で呼ばれたりもします。

約30年にわたって第一線で活躍してきた羽生さんですが、ここ最近は苦しんでいます(トップレベルで戦うことに)。そして、その苦しみは他の同世代の棋士よりも強くて深いように見えます。

序盤はまずまず、中盤をなんとか凌ぐんだけど、終盤で手が見えずに負けてしまう、そんな将棋を最近だけでも何度も観ました。将棋は終盤がとても大切です。どれだけリードをしていても、一手間違うと勝敗が入れ替わってしまいます。終盤は理詰めなので読みの量と正確さがものを言います。この処理に関しては若手が圧倒的に有利とされています。ベテランの域に突入した羽生さんは対策として、持ち時間を多めに残して丁寧に丁寧に手を読んでいる印象があります。終盤力の維持が今後の羽生さんの課題になりそうな気がしています。

出典:将棋棋士レーティングランキング

いまの羽生さんは、淡々とした様子とは裏腹に、通算タイトル100期の獲得に心血を注いでいるように見えます。とても棋士としての“余生”を楽しんでいるようには見えません。「圧倒的に強い棋士であって欲しい」というファンの期待に応えるために、石にかじりついてでもタイトルを獲りたいんだ、そんな意思を指の震えから感じます。とにかく勝ちたいんだと思います。そんな、すっかり“衰えた”羽生さんは、竜王戦の挑戦者決定戦に進出しました。あと2勝で久しぶりのタイトル挑戦です。楽しみです。なお、羽生さんの奥さんの理恵さんのTwitterには、羽生さんのオフショットが掲載されることがあるので観てみてください。

※ごめんなさい!当初、羽生理恵さんのTwitterを引用してましたが、プロフィールに引用禁止と書かれていたのでやめました。すみません。是非直接Twitter覗いてみてください!

ちなみに、羽生さんも藤井さんと同様に、言語力がとても高いです。英語も堪能です。

豊島将之竜王

豊島さんは、中学生棋士ではないものの、最年少で奨励会に入会するなど、藤井聡太さんと遜色のない早熟っぷりです。どちらも愛知県の出身です。

16歳でプロデビューして、常に好成績を収めてはいたし、タイトル戦にも挑戦はしていましたが、久保・羽生・羽生・久保と、久保羽生コンビに邪魔され続けました。しかし28歳のときに羽生さんから棋聖位を奪取。デビューから苦節12年、やっとタイトルホルダーになりました。その後、王位、名人、竜王と、立て続けにタイトルを奪取しましたが、王位、棋聖、名人を防衛できずに失冠し現在は竜王のみ。挑戦も奪取も大変ですが防衛も大変です。

豊島さんは、他の棋士との研究会などは現在行っておらず、自宅でAIを活用した研究をしているそうで、将棋界でも特にレアキャラだと聞きます。この記事によると、研究をサボらないように目の前に鏡を置いていたそうです。ストイックです。

ぼく個人としては、タイトルホルダー、特に竜王・名人として、もっと対外的なアピールの場面での活動を担って欲しいと勝手に思っていましたが、いまの将棋界は、研究以外のことをやってる場合ではないくらいに、サボったら勝てない状況なんだと思います。事前研究が6割を占めるとも言われるくらい(渡辺さんが書籍で書いていた気がする)、常に最新の定跡をインプットして、その手順を暗記して。昔ながらの将棋を巌流島での一騎打ちだとすると、いまの将棋はセンター試験のような雰囲気もある気がします。もちろん、暗記だけで勝てるほど甘い世界ではないですが、事前準備の重要性が高まっているので、いわゆる勝負師タイプの棋士には受難の時代と言えるかも知れません。

タイトル防衛は失敗つづきですが、豊島さんは藤井さんに負けなしの4連勝中。まだまだ第一線でタイトル争いをしていく棋士だと思うので、要チェックだと思います。愛称は『きゅん』です。本人は恥ずかしそうにしてますが。

永瀬拓矢二冠(叡王・王座)

最後は永瀬さん。
永瀬さんは『軍曹』という愛称からは想像ができないくらい、物腰の柔らかい優しさにあふれた棋士です。バナナが大好きで、対局中にはエネルギー補給がてらバナナを食べまくります。みるみるうちに腰回りに付いた肉が気になるようになりましたが、糖質を脳に送るのも棋士の大事な仕事だと思います。たしか、前述の豊島さんも体重を少し上げたら調子がよくなったと言ってました。

永瀬さんは、人生のすべてを将棋に注いでいるような棋士です。それが嘘ではない一つの証拠、それが文字に表れています。棋士は仕事柄、揮毫の機会が多いです。色紙にサインしたり、本にサインしたり、扇子に字を書いたり。なので多くの棋士が習字をします。しかし永瀬さんは、そんな時間すらもったいない、ということで我流の文字を書き続けています(参考記事)。この背景を知った上で永瀬さんの字を見るとちょっと泣けてきます。

また、対局のない日は、ひたすら練習将棋(VSと言ったりしますが)を指しているらしく(コロナ騒ぎの前の話)、豊島さんと違い、対人で練習しまくっている棋士みたいです。ぼくは、このエピソードを聞いて以来、永瀬さんのファンになりました。永瀬さんを表現するのにぴったりな言葉は「努力」だと思います。以前、タイトル戦で渡辺さんに挑戦した永瀬さんが負けてしまったときに、友達の佐々木勇気七段が「これだけ努力した人が勝てないとなると、一体どうしたらいいんだろう」と涙声で話したことがあります。それくらい全精力を将棋に捧げている人が、現在タイトルを二つ持っているのは、ちょっと救われる気がします。ただ、おそらく当の本人は、自身の行いを努力とは表現しないと思います。ニコニコしながら「え、だって楽しいですしね」みたいなことを言いそうな気がします。かっこいいぜ、永瀬さん。

ちなみに、永瀬さんは、藤井さんの数少ない練習相手です。日常会話はほとんどせず、黙々と将棋を指して、淡々と感想を言い合っているようです。余談ですが、そんな二人がチームで戦っている『Abema TVトーナメント』という企画があります。嫉妬するくらいにいい企画で、将棋界全体の熱量が数度上がったんじゃないかと思うくらいに盛り上がっています。超楽しいので観てみてください。2020年8月22日が決勝戦です。だんだんステマみたいになってきた。

棋士(人)を知ると将棋観戦が楽しくなる

以上、5名のトップ棋士についていろいろ書きましたが、棋士の個性が分かると、一気に将棋観戦が楽しくなります。それは、将棋だけに限った話しではなくて、野球も、サッカーも、プロレスも、人を知ることでその業界自体に興味がわくものだと思います。なので、もっともっと棋士の人となりを掘り下げるコンテンツが増えてくると、ファン層の拡大につながるんじゃないかと思っています。とくに、発信の幅や角度をこれまでと変えることも重要だと思います。

裾野をどう広げるか

ネット中継の普及もあって、一時期よりも将棋界隈は盛り上がっているように感じていますが、実際の将棋人口は減り続けているというデータを見たことがあります。駒の動きなどルールを知っている人も減っているようです。昔と違って、たくさんの娯楽があふれる中で、将棋との接点をどうつくるか、将棋を楽しむ場をどうつくるか、才能のある棋士の卵をどう育成するかは、将棋界が喫緊で取り組むべき課題だと思います。コロナの影響で、各家庭にオンラインの環境が整ってきたのは実はプラスにできる可能性が高くて、オンライン将棋教室の運営は、事業としても可能性が十分にあると思います。少なくとも、田舎だから強くなれない、なんて子どもはいなくなって欲しいです。個人的には、将棋の裾野はまだまだ広がると思っています。

将棋連盟の動き

将棋連盟は、スマホカンニング疑惑の対応でかなりバタバタしたのち体勢が一新し、藤井聡太さんの登場に助けられる形で一気に注目が集まり、全体の流れはとてもよくなっているように見えます。Abemaとの連携強化によるコンテンツの充実もとてもいいなと思ってます(ニコ生もがんばって!)。500円/月で購入できる将棋連盟ライブ中継アプリの充実も素晴らしくて、このアプリのおかげで人生が少し狂ったくらいスマホを見る時間が増えました。ただ、将棋のルールが分からないと解説が楽しめないところはあるので、もっと、将棋の内容以外の描写があるといいなと思ってます。連盟としては、ファンを増やす、将棋人口を増やす、関連事業を安定させる、スポンサーを増やすなどが課題になると思いますが、経営に強い人が連盟にいるのだろうか?と、少し心配になってしまいます。将棋にはまだまだ可能性があると思うのでそういう部分はもっと掘り下げていけたらいいなと。また、棋譜の扱いについてもオープンソースの流れとは逆行しているので、棋譜が権利を守るべき知的財産であることを確定しつつも、オープン化することはできないものでしょうか。法律家も入れて議論したい内容だなと思います。きちんと棋士や連盟、棋戦主催社の利益につながるような仕組みの構築はできるような気はします。昨今、内向きの閉じた業界が繁栄した事例はない、と言い切りたい。知らんけど。

最後に

最後まで、読んでいただいてありがとうございました。今後も将棋についての考察を深めていこう思います。せっかく千駄ヶ谷に事務所を構えたので、いつかは将棋の普及に役立てる人間になります。精進します。

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