17日目:ばあちゃん
先日うちのばあちゃんが亡くなりました。88歳でした。施設でコロナにかかって、しばらく会えないままだったのでさみしい。今日はちょっとだけ、そんなばあちゃんの話です。(日記的な回です!)
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13歳で広島で被爆したばあちゃんは強くて頑固で世間体気にしい。私が初孫ということもあってかなりかわいがってくれていたらしい。私が物心ついたときには病院巡りに畑仕事、それとカルチャーセンター的なところで民謡や絵やコーラスを習い、朝から晩まで忙しそうだった。口を開けば足が痛いと言うものの、タクシーをふんだんに使っていろんなところに連れて行ってくれた。
ばあちゃんちはうちから歩いて10分のとこにあった。近くにはお菓子の卸売りの店があって、よく一緒に行った。帰るころにはいつもカバンいっぱいのお菓子が入っていた。なんでも弟と半分この私にとって、分けても余るほどのお菓子には胸が躍った。
口癖は「ちなちゃんも広大(広島大学)に入れたらいいね」だった。
ばあちゃんといえばあまり人を褒めない人だ。と思っていたけど、(口癖の甲斐あってか)私が広大に入ったときにはとても喜んでいたし、息子(父さん)が副業でラジオDJをしていることはデイサービスの職員さんに自慢までしていたらしい。(ちなみに表向きは反対していた)普段頑固なだけにかわいいなーと思ってしまう。
そんなばあちゃんは私が大学へ入った後くらいからちょっとずつ記憶がはっきりしないことが増えた。去年の冬には私のことも、息子である父さんのことも覚えていないようだった。
それでも施設に行けば「よう来たね。まあ座りんさい。」と言ってくれた。ばあちゃんは行くたびに小さく丸くなっていったけど昔の頑固さが薄れ、かわいらしくなっていた。
亡くなった後、一人息子の父さんが喪主だったこともあり、葬儀の準備でばたばたと数日が過ぎた。うちに遺影がある生活が始まってようやく実感がわく。ここ何日かぼーっと過ごしたけど、明日からはバイトに行く。日常に戻る。その前に区切りとしてばあちゃんのことを残したかった。書きながらまたいろいろ思いだしてきてしまう。それでも書けてよかった。あらためてばあちゃんありがとう。
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ありきたりすぎて軽くなるのも嫌ですが、明日も明後日も大事にしようと思いました。明日からまた日々の気づき学び・マルタ留学の進捗状況について書きます^^
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