ピストル

第十話 優しさと冷たさの交差地点

「ここにいたか。手こずらせやがって」

冷たく闇に響く声。
声に反応し、その巨体をぐにゃりとくねらせ声の主を認識する一瞬の間に、伊賀晃(いがあきら)は手に持っていたハンドアックスをその赤黒い首筋めがけて振りかぶる。
しかし、晃の予想以上に皮膚は強靭だった。分厚い肉に刃は突き刺さるも骨まで断ち切る事ができない。
痛みで暴れもがく肉塊の隙を探していると、奴の両手から振り飛ばされ、近くにある木に叩き付けられた人がいた。
その人がぴくりとも動かない様子を見て晃は焦り始めた。

晃はハンドアックスの回収はあきらめ、目の前のターゲットを一刻も早くしとめる事にした。
素早くピストルを手に持ち、安全装置を外し、急所を数カ所狙い打った。
すぐにその巨体は動かなくなり、晃は安堵した。

「終わりました、回収お願いします。あと、ピストル使用しました」

無線を通して報告を終えると晃はため息をついた。
事前に申請した武器以外を攻撃に使用すると、後でリーダーに経緯を事細かく説明し、始末書の作成を命じられ、さらにお叱りを受けるからだ。
更にピストルは、緊急時にしか使えない原則があるので他の武器よりも厳重に処罰される。

「さて、と…おーい、生きてるか?」

晃はさっきの人が飛んで行った方向に声を掛けながら近づいて行く。
その人は忍科の女子制服にジャージを履いていた。彼女は木の影に全身ボロボロになりながらも小さく丸まり震えている。

ここは立ち入り禁止のエリア。近づいても東雲家がしかけた強力な幻覚を見せるトラップが発動して外へ誘導するはずなのに、なぜ迷い込んだのか分からず晃は首をかしげた。

「間に合って良かった。歩けるか?出口まで案内するから俺についてこい」

晃は彼女に手を差し伸べる。
三希は暗闇で詳しい状況は見えていなかった。
しかし彼の言葉からもう怪物に首を絞められる心配は無いと言う事は分かった。
いまだに恐怖で震える手を三希は精一杯動かした。「大丈夫だ」と優しい声を掛けてくれる彼の手をそっと取る。

ぬめり

手に触れ、彼の手を握ろうとするものの、生暖かく気持ちの悪いものがまとうので掴む事ができない。
三希は自分の手に移った匂いに再び吐き気と背筋が凍る感覚がした。

「いや、いやああああ……」

三希は森に響く位の大きな悲鳴を上げる。
そして体力も限界に来ていたため、そのまま力つき倒れた。

「なっ、なんだなんだ?突然……??」

晃は周りを確認したが特に彼女が驚く要素はなかった。
次は自分の体をくまなく触り異変が無いか確認した。
先の戦いで晃は全身、ターゲットの返り血にまみれ、さらに手からは鮮血がしたたっていた。
おまけに奴の匂いで生臭い。

これでは女の子に嫌われてしまうなと、晃は肩を落とす。
彼女を背負い森の外まで連れて行っても良かったが血まみれの姿を他の生徒に見られたら非常にまずい。
お叱りだけでは済まされないだろう。
晃は一旦近い拠点の小屋に戻りシャワーを浴びて出発する事にした。

小屋にある簡易ベッドに彼女を寝かせ電気つけると晃はある事実に気付いた。

「東雲三希か」

ひとつ呟き、晃は謎が解けた晴れやかな顔で彼女を見つめた。
その直後、新たな問題が増え、複雑な表情でしばらく考える。シャワーを浴びている最中も考えた。

晃は綺麗に血を洗い流した体を軽く拭き、腰にそのタオルを巻く。

そして急いで三希の服を脱がし、大きな怪我は無いか確認した。
さすが訓練されているだけあって、受け身を取れていた様だ。晃は安心すると暖かい綺麗なタオルで三希の体を切り傷が痛まない様ゆっくり拭う。
特に血が付いた手や、晃が背負ったときに体の前面に所々付着した血は、お湯浸しにしたタオルで丁寧に取り除く。

全身拭き終えても三希の目が醒める気配は全くない。

晃はクローゼットに置いてある自分の衣服を取り出し一番綺麗そうな灰色のスエットを三希に着せた。
ひと仕事終え、簡易ベットの側にある椅子に晃は腰掛ける。

しばらく彼女を眺めていると無線の通信が始まる電子音が聞こえた。

「……回収が終わった。本日の仕事はこれで終わりだ」
「了解しました。もう一つ報告があります」
「言ってみろ」
「東雲三希を救助しました。ターゲットに襲われていましたので」
「なんだと?」
「ピストルを利用したのもそのためです」
「分かった。今回の処分は一旦見送ろう」

無線が切れた事を確認し、晃は拳を握り「よしっ」と小さく喜ぶ。
そして今日の寮食のメニューは何かなと色々想像しながら三希を運ぶ準備をした。


第十一話へ続く / この話のもくじ

画像:フリー写真素材ぱくたそ








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