見出し画像

第九話 ほの暗い森の甘い誘惑

この話のもくじ


太陽の光が地上を覆い尽くす時間でも暗く、木々が競う様に伸び合う森。
一歩ずつ進めるごとに時間の感覚を狂わされ、徐々にこの世から隔絶したもう一つの世界が広がる。
元の場所に戻れないかもしれない恐怖よりも、森が放つ誘惑の方が強い。
この先にある新世界を求めて、三希は助蔵が追いついていないことに気付かずぐんぐん前へ進む。


三希は授業に行かなくなってから、助蔵を連れ学園中の強い人を探しまわった。しかし、ほとんどの生徒が授業に参加していたので誰も相手をしてくれない。
たまに見つける人は保健室で休んでいる病人でまるで勝負にならなかった。

「森に行くよ」
「や、やめましょうよ」
「なんで?」
「瀬沼さんが道が動くから危険だと……」
「夜だけでしょ?」
「でも……」
「なに?」
「森は夜の様に真っ暗です」
「暗闇を怖がって何が忍よ」

三希はどうやったら有効な修行ができるか必死に考えた。
そして始業式前日に通らなかった道……学園中にはびこる広大な森に興味を持ったのだ。



三希は急に気温が下がるのを感じ歩みを止める。
我に返り後ろを向きようやく助蔵が居ない事に気付いた。
森の入り口は既に無く、周りを見渡しても出口の道しるべは無い。

完全に迷子になったと三希は確信した。
困った事に高度計やコンパスなどのサバイバルグッツは全て助蔵にあずけている。携帯電話は持っていたが圏外だ。

太陽の方向を見ようにも木々が遮り光すら入らない。
三希は八方ふさがりに嘆き、近くにあった大岩に座る。
岩肌は湿気でしめり、苔に覆われていた。

ここは光と乾燥を嫌う生物達の楽園だ。深呼吸するたびにカビと苔と土の臭気が混じり三希は何度もむせ返りそうになった。

このまま座り続けいずれ自分も分解され森の一部にされている姿が三希の脳裏に自然と浮かぶ。
彼女は歯を食いしばって立ち上がり制服のスカートと体育ジャージのズボンに付着した苔を必死に落とす。しかし、しみ込んだ水分まで落とす事はできない。

冷えたお尻を手で温めながら三希はあてもなく進む。


しばらく歩くと突然、甘い香りがしてきた。
森にいればすぐに気付くこのイレギュラーな匂い。
まるで真夏の昼に大雪が降るくらい異常なこの状況に三希の脳内では警鐘がけたたましく鳴った。彼女は自分の袖で鼻と口を即座に塞ぐ。

暗くて良く見えないが耳をすますと更に"何か"が動きこちらへ近づいていることが分かった。三希は感覚を研ぎすませ、"何か"がどこにいるのか特定しようとする。

"何か"は丁度自分の斜め後ろにいる。足音からして距離はおよそ5メートル程と予想した。三希は音を立てずに死角と思われる場所に身を潜め通り過ぎるのを待つことにした。

"何か"はとても息づかいが荒く切れ切れだ。
走っていたのかな。誰かから逃げていた?それとも誰かを追っていた?
三希が考えを巡らせていると"何か"がいよいよ姿を現した。

三希は息を飲む。

自分より遥かに大きな体。背骨が大きく曲がり、手は地面すれすれに位置する。かろうじて人間と判断できるが近づくごとに強くなる腐敗臭。

布を突き破り襲って来るその刺激臭に三希はその場で嘔吐き、悲鳴をあげる。

「あえだ……」

"何か"が三希に気付きのそりと振り返り近づく。
見えていなかった顔の半分は形を成さず潰れ黒く塗られている様だった。
服は着ておらずまるで皮を剥がれた様に赤黒くまだら状にただれ、皮膚組織が剥き出していた。

「おあえ……いおおねあ……」

「い……いやっ……」

三希の吐き気は治まらず、腰も抜けてしまいその場にうずくまる事しかできない。"何か"はゆっくりと無抵抗な三希の目の前に立ち両手で首をおさえた。

「いねっ……いねっ…」

"何か"の手の力は徐々に強まり、潰れた顔には笑みがこぼれる。

「おろずっ……いおおねお…」

三希は呼吸を奪われ、苦しく徐々に意識が朦朧とするのを感じた。


第十話へ続く

画像:フリー写真素材ぱくたそ

サポートを頂けたら、創作の励みになります!