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第八話 怒りはエビのしっぽの先に

この話のもくじ


「メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと……」

三希は退屈で仕方がなかった。

「0より小さい数は負の数と言います」

これも、あれも、どれも。授業の全てが既に自宅学習でやった事であったからだ。

「I am from Japan. この意味が分かる人!」

こんなくだらない質問にみんな一生懸命手を挙げて我先に答えようと努力するのか全く分からないと。

時間は有限である。
ぐだぐだ無駄な時間を過ごしている間に、憎き父親との差が生まれていると思うとこのままじっとしていられなかった。




「東雲三希………休みか」

始業式から数えて3日目。三希はとうとう授業に出なくなった。






「全くいい加減にしてよあのクソお嬢!!」
「春菜……あまり叩くと怪我しちゃうよ…」

千成の制止を聞かず、春菜は三希の机を瓦割りをする様な勢いで殴りつけている。
使用者が行方不明な机と椅子はあちこちゆがみ、もはや平行を保てていない。
丸い消しゴムを机に置くところころ床に落ちる。

「荒れとるね、中川さん」
「うるさい!こっちは寮の当番もさぼられて、1人分多く掃除させられてるのよ!」

春菜は秋葉悠之介の言葉に対し、怒声と机の足を思い切り蹴る事で返答した。
机はすぐ側の席にいる小太郎にぶつかった。彼は突然のことに驚き体をびくつかせる。

「ふーっ…ふーっ…」
「こたは何も悪くないやろ。イライラするのはカルシウムが足りん。ほれ、これやる」

悠之介は春菜に綺麗な黒漆塗りの一重箱を差し出した。

「なによこれ?」
「まあ開けてみいって」

春菜は箱を丁寧に小太郎の机に置き、両手で蓋をそっと開ける。
中には綺麗に並べられた楕円形のおにぎりがあり、まるでしゃちほこの様に赤色の中身が二つの端ではみ出ていた。
彼女はそれを見て、体が全力で欲するのを感じた。

「秋葉くんすごい。美味しそう」

千成が小さな声で褒める。悠之介はにかりと笑い「ええやろ」と答えた。

「海老が大量にあがったからって師匠に賄いでもらったんだ。まだ冷蔵庫に大量にあるから食っていい…」
「いただきまーす!」

春菜は悠之介が言い切るのを待たず、ぷりっと飛び出した身にかぶりついた。
一口だとまだ米に達せず、口の中には魚介の味が広がった。
ほのかにふられた塩味としっとりとした衣が協和音を奏でる。

悠之介は満足そうにうなずき「ちゃんとしっぽも食うんだぞ」と言って笑った。

「ところで東雲とお前ら、同じ部屋なんだろ。掃除さぼられる前に止められないんか?」
「それがね……ずっといないの」
「ん?どういう意味だ羽黒」

春菜は口の中に残っているおにぎりをごくりと飲み込み小太郎のお茶で喉を通し、口を開く。

「あいつ、私らがいる時間を避けてるのよ」
「ほう……さすが東雲家といったところか」
「荷物やベッドを使った形跡があるから、夜中もしくは昼間に部屋を使っているみたい」
「まーた随分と嫌われたな」
「嫌ってるのはこっちの方よー!!」

春菜が再度、殴る蹴るしそうになったところで、千成が二つ目のおにぎりを春菜の口に突っ込む。

「ご、ごめんね……春菜ちゃん」
「んーっ……!」

そのやり取りを見て悠之介がお腹を抱えて笑った。

「やるなぁ、羽黒」
「……いやぁ……そんな……」

千成は照れて顔を赤くし、春菜の影に隠れている。
普段、自身無さげに振る舞っている彼女だが時々大胆な行動をして周りを驚かせる。

「いつまで続くか見物やね」
「他人事だと思って……」

三希のかくれんぼは1週間、1ヶ月と続いた。
悠之介の冷蔵庫の海老は予想以上に早く、無くなってしまった。






第九話へ続く

画像:フリー写真素材ぱくたそ

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