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第七話 アホお嬢

この話のもくじ

うららかな春の陽気に浮かれているのか、それともただ単に落ち着かないだけなのか。
教室に戻った生徒達は各々固まり談笑し合う。

ガラリと教室のドアが開き、教師が入るとすぐ散り散りになって生徒達は自席につく。

「全員揃ったな。私は千曲ナガレだ。1年間よろしく」

ナガレは大きな背中を生徒達に向け、黒板に大きく大胆な文字を書く。
その文字を見た生徒達はまるで地獄に落とされた死者の様な顔をした。

「さぁ、入りなさい」

自信たっぷりに胸を張り、一つ一つが力強い足取り。そして七色のサングラス。
ついさっき見たデジャヴがそこにあった。

「今日からこの学園に転入して来た東雲三希さんだ。本人たっての希望でAクラスに入る事になった。仲良くする様に」

青龍学園の方針で忍科はクラス替えが無い。
なので三希のAクラスへの転入はすなわち、卒業するまでこの子と関わらなければならないということだ。

東雲家は、政府高官御用達の忍び集団である蜘蛛霧衆の当主一族。
持っている財力と暗殺技術は計り知れず、地方の有力議員が後ろ盾についているごときの忍衆なんかは瞬きする間に消されてしまう。

ましてや"アホなお嬢"とくれば誰でも極力関わりたくない人物だということは明白。
生徒達は頭をフルに回転させ、どうやってこの子を遠ざけるか考えた。

出した答えは全員一致。先生から思い切り目を逸らすことだ。
皆の思いは一つ。絶対に"アホお嬢"の近くの席にはなりたくない!!!!!!!

「伊藤小太郎」

「は、はひっ……」

目を合わせない様に必死に顔を沈めていた生徒が肩を飛び跳ねさせた。
三希から遠い席になる事が確定した生徒達は一斉に安堵した。

「東雲さん、今返事をした人の隣の席に座りなさい」
「はい!」

三希は教室の一番奥へ進み右に回り窓側の席に座っている小太郎の隣に行き「よろしく」と声を掛けた。
小太郎は体中が震え、どうにか声を絞り出そうとしたが三希には届かない。

「机と椅子は明日までには届くから、今日は一旦後ろにあるパイプ椅子を使ってくれ」

三希は言われた通りパイプ椅子を開き、腰掛ける。

「よし、では1年間の授業内容とスケジュールをプリントした紙を配るから各自見る様に」

ナガレは紙を数枚取り一列ずつ配る。生徒達は自分の分を1枚だけ取り、残りを後ろの人へと渡して行く。

「全員貰ったか。ざっと目を通して質問あれば手をあげてくれ」

三希は配られたプリントを見て、国語、数学、英語、理科、社会と普通の教科が並ぶことに疑問を感じた。

忍の授業はどこにあるのだろうか。

手を挙げて質問しようとしたが、体育という文字を見つけて引っ込めた。
きっとこの授業で忍術や体術を学ぶはず。そう信じ、三希は期待に胸を膨らませた。

「質問はなさそうだな。では、今日はこれで終わりにする」

ナガレが教室から出て行くと、生徒達はまた合鴨の雛の様に群れをそれぞれ作った。
だが、三希の席には誰も近寄ろうとはしない。


「三希様」

聞き慣れた声の方向に三希は振り向く。
隣のBクラスになった助蔵が教室の入り口に立っていた。
ドアの近くに座っていた生徒が小さな声で"お嬢の付き人だ"とこぼすなり、助蔵はその生徒を睨む。

「助蔵どうしたの?そんな怖い顔して」
「いえ、なんでもありません」
「ふぅん、まあいいわ。そういえば何か用事?」
「瀬沼さんから仮の部屋を空ける必要があるので、荷物は全て寮に移動したと連絡がありましたので伝えに来ました」
「よし、じゃあ早速寮へ行きましょう!」
「はい」

忍科の校舎から5分ほど舗装された道を歩いたところに寮エリアがある。
二人は地図と見比べ合っていることを確かめてから更に歩を進めた。

「あっ、この先は男子寮は右、女子寮は左と分かれるみたいです」

助蔵は三希に部屋の鍵を渡す。

「三希様……お達者で」

助蔵の声はとても小さくなった。
彼は東雲家に拾われてからずっと、三希の付き人をしていた。
三希とは歳も同じでまるで双子の様に過ごして来た。

だから、クラスも違うし寮も違う。
この様な状況は初めてで、助蔵は不安を拭うことができないでいる。

「べ、別に一生会えない訳じゃないし。ほら、どこかで待ち合わせて会えば良いじゃない」
「はい……」
「じゃ、先に行くね」

三希は思い切り助蔵の背中を叩き喝を入れた。
それが思いのほか痛く、助蔵はしばらく背中を抑えている。それを見て三希は笑う。



「え……なにここ」

三希は愕然とした。
自分の家とも違うし、ましてや昨日泊まった部屋とも比べ物にならない。
床、壁、備品が全て古びておりゴミと見間違う程だと三希は思った。

一般の生徒からしたら何事ない普通の建物や部屋であるが東雲家で育った三希にとっては想像できない状況であった。

袖を口にあて、渡された部屋の番号を確認する。
"102"と書かれた部屋のドアの鍵穴に鍵を差し込みぐるりと回し空ける。

2段ベットが二つ、勉強机が4つを無理矢理押し込み、その他自由に動けるスペースはほぼ無い状態。
三希は自分の部屋よりも半分に満たない部屋をみて目を疑った。

しかし、今朝部屋で使っていたスーツケースが置かれていたので、自分の部屋であることは間違い無いという事実に絶望感しかない。

「げっ、お嬢かよ」
「ちょっと…聞こえちゃうよ春菜」

三希は後ろを振り向くと、小柄でおとなしそうなボブヘアな女子と気が強そうな女子がいた。

「お嬢ってどういうこと?」
「ご、ごめんなさい。悪気はないの。私は羽黒千成。よ、よろしくおねがいします…」
「中川春菜。よろしく」

三希は二人をしばらく見た後、ベッドに座りこんだ。

「私は東雲三希。疲れたから荷物の整理お願いね」

「「え?」」

春菜と千成は頭が真っ白になり続いて言葉が出なかった。

「ん??聞こえなかったかしら。荷物の整理よろしく」

「ねぇ、何で私らがあんたの荷物まとめなきゃならないの?」

春菜は声を荒げはっきりと言った。
しかし三希は、自分が間違っているという自覚は全く無い。
怒り狂う春菜を前に千成はオロオロするばかりだ。

「何に怒ってるかしらないけど、私は夕飯まで辺りを散歩してくるからその間にお願いね」

古びた音を立てて締まるドア。

「な、ななななな何あいつ!!!マジありえない。荷物捨てたろうか!!!」
「落ち着いて…春菜。捨てるのはまずいよぅ……」

女子寮に響く怒りの叫びは三希に一切伝わらず、心機一転、晴れやかな気分で学園生活をスタートさせるのであった。


第八話へ続く

画像:フリー写真素材ぱくたそ

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