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北へ 4 フレシマ湿原にて〜北海道ツーリング〜

 北海道上陸初日の夜を阿寒丹頂の里キャンプ場で過ごした僕は2日目のこの日、霧多布岬に向かった。途中、霧多布湿原の駐車場でセルフポートレート的な写真を撮っていると赤い乗用車に乗った観光客と思しき親娘連れに声をかけられた。
「良い所ですなあ」
70代くらいだろうか、お父さんが思わず声を上げる。
「そうですねぇ」
二言三言言葉を交わし、では良い旅をと別れたのだが案の定、その先の霧多布岬でも一緒になった。父親の方はスタスタと岬の突端に向けて歩き出してしまい、娘さんがその後にゆっくり続き、僕もその後を歩いた。しばらく歩くと岸壁の下を覗いていた娘さんが
「ラッコがいるよ!」
と僕に手招きをする。ラッコを見つけ「可愛い!」とはしゃぐ彼女は30代半ばぐらいだろうか、軽い生地のワンピースが黒髪のロングヘアと共に風になびきなんだか可愛らしく見える。駆け寄ると彼女は持っていたピノキュラーを僕に貸してラッコを探すよう促す。急に望遠で見て目標物が何処にあるか分からず難儀していると、双眼鏡を持つ僕の手を取って
「もっとこっち」
と笑う。双眼鏡から視線を外し彼女を見ると、彼女も僕を見つめていた…なんて事はなく、ひたすら無邪気にラッコを見つめていたのだった。
いけないいけない、人と必要以上に関わる事を避けているくせにこんな事になったらどうしよう、あんな事があったら嬉しいなぁという妄想が止まらない。邪念を振り払うように僕は次の目的地、フレシマ湿原に向かった。

 フレシマ湿原はメジャーな観光地ではない。事実、道道から逸れて湿原に向かうのは整地されているとはいえ砂利道で、その入り口には何の表示もない。いつ熊や鹿が出て来てもおかしくないオフロードで、僕は時折りクラクションを鳴らしつつ荷物満載のSRを慎重に走らせた。
 どのくらい走っただろうか、道が小さいカーブを切って下り始めた時、視界が開け目の前に広大な景色が広がった。
「うわぁ…」
誰もいない展望台にバイクを停め、僕はしばし茫然としていた。広大と言っても高台からギリギリ視界に収まるくらいの湿原に池塘が点在し、その向こうには北太平洋の海原が広がっている。以前栗駒山地でみた世界谷地のような、凝縮された曼荼羅のような景色と言って良いかもしれない。物音がして振り返ると子鹿が一頭、踵を返すように逃げていった。


フレシマ湿原にて


 フレシマ湿原はこの旅の中でも僕の心に印象深く残る場所となった。北海道の原風景とも言われているこの湿原だが、実際目の当たりにするとそこには自然界が古代から変わらぬ営みを続ける「今」がある。実際、ここに生きる草花や動物はついこの間生まれたばかりの命なのである。同じ原風景でも里山や農村といった時間の流れを感じるところではエモーションを感じるが、ここではそういった感傷は感じられなかった。変わらず今を生きる「生」を存分に感じ取り、僕は湿原を後にした。

 その後も誰もいない落石岬(工事中で灯台には行けなかったけれど)を訪ねたりしてのんびりと時間を過ごしたため、今日の宿泊予定のキャンプ地のチェックインまで時間の余裕が無くなってしまった。落石岬に興味を持ったのはNHK「中井精也の絶景!てつたび」の影響である。ここだけでは無い、六角精児には夕張のズリ山、火野正平には旭川の射的山、小さな旅では雨竜沼湿原とNHKにはいつもやられてしまう。ツーリングプランが完成したと思うとちょうど良いタイミングで紀行物の番組を目にしてしまうのだ。僕のプランニングにNHKは一体どれだけ邪魔をするんだろう、どうでも良いけど。
 根室の街まで来て本土最東端である納沙布岬に行かないというのもいかがなものかと思いつつ、でも目の前に見える北方四島を日本の領土だと思えば納沙布岬は最東端では無いんだよなぁ、遅い昼食になったタイエーのやきとり弁当を頬張りながら僕はそんな事を考えていた。
 今日はここまで、別海のキャンプ場に向かおう。最東端のホクレンで給油を済ませると、僕は西に折り返し別海町に向けて走り出した。



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