見出し画像

オートバイのある風景2 RZ50と中村あゆみ


 タダで手に入れたミニトレで始まった僕のオートバイライフではあるが、3ナイ運動の影響もあり、高校卒業直前に先輩から譲ってもらったRZ50でようやく遅咲きの公道デビューを果たすことになる。

 ここから青春まっしぐら!と行きたいところではあるが、そう上手く行かないのが世の常。
僕は受験した大学全てで不合格となり、暗黒の浪人時代を迎えることになる。こんな状況で実家にいるのは18歳の浪人生には耐え難く、両親に負担をかけずに一人暮らしをする方法として朝日新聞の奨学金制度を利用した。
新聞店に住み込みで働きながら、お給料と奨学金を貰える例の制度である。

 配属されたのは名古屋の中心部に近い東別院の販売店。
朝刊を配り、同じく住み込みの奨学生仲間とお店で朝食をとる。その後各自予備校や大学に行き、夕刊を配り終えたら翌日のチラシをセットして皆で銭湯に行き近所の安い食堂で夕飯を食べる。そんな部活の寮生活のような毎日にもちょっとだけ光が差し込むことがある。

 配達先のひとつに、とあるマンションの一室に(おそらく)小さな会社の事務所があった。カウンターの奥では少し蓮っ葉な感じの娘がひとりで電話番をしていて新聞を受け取ってくれる。配達の時は特に会話も何もなかったのだが、月末の集金の時に、その彼女がお茶を入れてくれるようになったのだ。

僕の髪型や服装を見て

「バンドやっとるの?」

と聞いてきたのが最初の会話だった。
漫画の「To-y」が好きでツンツンヘアーにタンクトップとグルカショーツという格好で配達していたのが気になったらしい。
「ううん、趣味はバイクだけ」
「ふーん、普段買い物とかどこ行っとるの」
「金山辺りかなー」
などといった、毎月月末のちょっとした他愛のない会話が嬉しかった。
そして何より彼女(当時ヒットしていた「翼の折れたエンジェル」の中村あゆみにちょっとだけ似ていた)はどうも僕に気があるようなのだ。

 彼女からは今度どっか遊びに行こうよ、くらい言われた気がするが、僕は適当な理由をつけてお茶を濁していた。
 何せこちらは貧乏な苦学生だし、正直に言うとまだ「女の子」を知らなかったから、OLさんとデートなんて考えられなかったのだ。つまりは意気地がなかったのである。

 そんな僕が普段どう過ごしていたかといえば、予備校にもろくに行かず、スガヤのチャンバーを入れたRZ50で矢作川の緑地でローリングまがいの事をしたり、一宮に就職した幼馴染みのところに遊びに行ったりしていた。

 それでも会話を重ねるうちに彼女が中卒で働いていて僕よりふたつ年下だと分かり、受験が終わったら勇気を出してデートに誘ってみようか、なんて考えていたある日、その会社は無くなっていた。

 付き合っていたわけでもないのに、何故か彼女に振られたような気持ちと自分の不甲斐なさに少々落ち込みながら、僕は久しぶりの予備校に向かった。
校舎のある千種駅前のレコード店には、中村あゆみに変わって渡辺美里が前髪を切るポスターが何十枚と並べて貼り出されていた。

季節はいつの間にか冬になろうとしていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?