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お祭りと少し暗いわたしの心✴︎遊学日記week15@Oaxaca, México

振り返ると、毎日誰かと会って、何かしらしている。
それでもぽっかりした不安に襲われるのはホームシックと呼ばれるものなのだろうか。

7/22 La Guelaguetza

7月、Oaxaca はずっと盛り上がっている。盛り上がりの大本命は今日と来週に Auditorio Guelaguetza で開催される民族舞踊の祭典、La Guelaguetza。

・ラテンアメリカ最大規模の民族舞踊の祭典
・Guelaguetza(ゲラゲッツァ)とは、先住民言語のサポテコ語で「共有する、捧げる、与える、助け合う」という意味
・スペイン征服以前、サポテカ族が「美しい丘」と呼ぶ場所で行っていた古代の神々に捧げる儀式に由来するといわれている。特に「Centéotl(センテオトル)=トウモロコシの女神」に捧げる儀式は8日間に渡り執り行われ、舞踊や祈りを捧げ、大饗宴をしていたらしい。
・スペインの植民地時代以降は古代の神々への信仰がキリスト教に置き換えられ、7月16日の聖カルメンの祝日に合わせてこうしたお祭りが行われていた
・1920年代に何度も大地震の被害を受け、復興にはオアハカ州の部族全体が力を合わせて活気を取り戻す必要があると考えた当時のリーダー達が、1932年のオアハカ市制400周年記念と絡めて、もともとあったお祭りを大規模に「民族の祭典」としてプロデュースしたのが現代版の第1回ゲラゲッツァ祭
・オアハカ市の中心、フォルティンの丘の上にある1万人以上を収容する野外劇場、Auditorio Guelaguetzaで開催されるゲラゲッツアが最大
・中心から少し離れた場所でも村単位で開催されている

7月のOaxacaの盛り上がりの正体、La Guelaguetza!!

事前に販売されるチケットは1万円を軽く超え、入手が難しそう。チケット販売の日は前日の夜からテントを張って並ぶ人がいるほど。観光客は基本的にツアー会社を通して買うんだと思う。見れないのかなと諦めていたら、7月1週目に滞在していたお家の方が、朝から並んだら無料席で見れるよと教えてくれた。なんと!行きますとも!!

というわけで、たまたま Oaxaca に滞在していた語学学校時代の友人と、朝9時に Zócalo で待ち合わせをして、会場に向かう。30分ほど歩いて会場に着き、並び始める。列めっちゃ短い、と思いつつ並んでいたら案の定間違っていた。もっと奥だよ、と言われるがままに奥へ歩き出したら、どこまでも続いていた。

右奥の丘に立っているのが会場

10時に並び直し、席に座れたのは16:30ごろ。開演は17時。演目がすべて終わり会場を出たのは21:30ごろ。7時間弱の待機と、5時間弱の公演。あっという間だった。

「辛いの入れる?」「うん」→タマリンド味のはずがただの辛いシャーベット/水を飲んでるだけになってしまった
じゃじゃーん$0.00!!
1,2階が有料席、ルフィみたいな帽子付き。わたしは3階、十分見える。

並んでいた時間以上に、ステージの内容が濃く、楽しく、大満足だった。
Oaxaca は先住民人口が多いことで有名だが、それぞれの地域の色が異なるのが本当におもしろい。
スカートの丈、ひだがどれくらいあるのか、色、全然違う。そして、それぞれ衣装が映えるような動きが踊りに散りばめられている。アグレッシブに踊るのもあれば、身体を揺らす程度のゆっくりとしたもの、劇みたいなくすっと笑ってしまうような動きがはいったものなど、地域によって全く違うのだ。楽しい、ずっと楽しい。音楽も生演奏なのが豪華。各踊りが終わると、踊り手や通路のスタッフが観客に向けていろんなものを投げる。カゴ、スカーフ、うちわ、パン、そしてパイナップルまで。みんなものすごい勢いで取ろうとするから大盛り上がり。みんな元気だ。

最後は花火で大盛り上がり。会場内からは天井と壁が遮ってそこまではっきり花火は見れないのだけれど、すでに踊りで大満足しているので問題ない。無料席でも問題なくステージは見れるので、お金はなくても時間に余裕のある若造はチケット買わずに並ぶのがよい。帽子か日傘は必須。食べ物は並んでいるところにいろんな人が販売しにくるので、事前に準備しなくても大丈夫。

事情を詳しく説明せずに誘ったのに、一緒に並んでくれた友人に大感謝!やっぱり Oaxaca はものすごい!

7/23 上へ上へ伸びていく

今日は Jardín Etnobotánico de Oaxaca (オアハカ民族植物園)へ。
植物園に行く前に現金を下ろそうと思ったら、3つ銀行を渡り歩いてATMを使おうとしても下ろせなかった。もっていたカード2枚ともだめで、なんで、と絶望していたら普通に上限が近づいていた。キャッシング用の1枚に加えて別のカードでキャッシングしていたのを忘れていた。にしても2枚キャッシング上限がきているのはカードの使い方が下手くそすぎると反省し、現金がないと困るので、後から下ろせるぎりぎりの額を下ろした。

そんなこんなでドタバタしていたら、Jardín Etnobotánico de Oaxaca の11時からの英語ガイドの回を逃した。12時からのスペイン語の回に参加する。学生料金250円。安い!植物の保護のためにツアーでしか回れないらしいけど、一般料金でも500円だから全然ありだな〜と思う。

ずっと見たかった maguey (mezcalというお酒の原料となるサボテンの一種)の花を見れた。この上へ上へと伸びていく様子に元気をもらう。

上へ上へ

南国でよく見かけるプルメリアの花も咲いていた。後日友人がいろんな呼び方を教えてくれた。

スペイン語:flor de mayo
ナワトル語:cacaloxochitl (カラスの花っていう意味らしい。なんでかはわからない笑)
サポテコ語:guíe chachi

プルメリアのいろんな名前

今は雨季だから植物園全体が青々しかったけど、乾季はまた違う姿が見れるらしい。また行きたい。

オアハカ歴史地区の東側、Jalatlaco と呼ばれる地域までお散歩。ウォールアートが盛んでかわいらしい雰囲気。おしゃれでゆったりした雰囲気が欧米人に人気らしい。雑貨が可愛くて入ったカフェでは珍しく最初から英語で話しかけられた。しかもものすごく流暢。

最近困っていることは、たいしてスペイン語も上達してないのに、久々に英語を話そうとするとスペイン語の単語がでてきてしまって、たどたどしい英語になってしまうこと。せめてもう少しスペイン語を聞けるように、話せるようになりたい、がんばれ自分。

7/24 いったい何をしてるんだか

いろんなことにチャレンジする日本人の方にお会いして、なんでもチャレンジしてみるに限る!と思ったわたしは、小さい鶴を折って公園で売ることにした。本当は鶴じゃなくて、手放したい洋服を売りたかったのだが手始めに鶴からと思って、大きめの紙に Origami と書いて公園のベンチに座って鶴を折りながら通り過ぎる人に「こんにちは〜日本のアートです〜」って。
結果、2時間くらい公園にいて売れたのは1羽、$20(200円)。売れたというか織り方を教えてあげた。9歳の女の子とおじいちゃん。小さい日本人の女の子が太陽の下でがんばってる、と思ってくれたらしい。もう少し奥の公園の方が人がいるよと教えてくれた。おじいちゃんと連絡先を交換したら朝晩と、神からの教えのファンシーな画像が送られてくる。神が見守ってくれてるよって。

なんだかだんだん恥ずかしくなってきて、店じまいをした。一歩引いて、何してるんだか、と思ってしまった。今考えると折り鶴を売ろうとした自分、なかなかおもろい。おもろすぎる。本来の目的の洋服は、知り合いの家族にあげた。

帰りに無料の博物館、Museo de Arte Prehispánico de México Rufino Tamayo に行った。置物たちの顔を見て、勝手に感情に名前をつけて楽しんだ。

いいことあるよ
へい!
スイッチ入りました
一旦泣かせて
ふぁー(かまいたち濱家に似てる)
今日ゴミの日じゃないわよ!
やぁ

7/25 ものめずらしい

ここ数日、何かはしているけど、何もしていない。そんな心の暗い波に押されながら起床。

中心部から車で1時間弱の Zaachila というまちに向かう。毎週木曜日に開かれるティアンギス(青空市場)を求めて!
Zaachila は1週間目に滞在していたお家のおばあちゃんが、毎回ナッツを買いに行くと言っていた市場。日本人の知り合いも、見たことない食材に出会えるからおもしろいよ〜とおすすめしてくれていた。期待値大。

家の近くの大通りからバスか乗合タクシーに乗って行こうと思い、とりあえず周りにいる人に行き方を尋ねる。まちの中心部からだと乗合タクシーかバス一本でいけるけど、ここは違うらしい。Teleton というところまでバスで行って、そこからまたバスか乗合タクシーを拾うと教えてもらった。

Teleton に着いたら教えてくださいとバスの運転手さんに伝えて、無事 Teleton に着いた。ただ、ここからバスやタクシーが出てるとは思えず、たまたま近くにいた赤ちゃんを連れたお母さんに聞いたら、引き返して大通りまででないとだね、と言われた。歩いて30分弱なら、またバスに乗るくらいなら歩くか、と思い歩き出してものの3分後、さっきのお母さんが乗るタクシーが止まって、大通りまで乗っていきな!と言ってくれた。お金を払おうとするといいよ、と運転手さん。優しさに心温まり、無事 Zaachila まで行くバスに乗れた。

Zaachila は楽しかった。けど、あっと驚く珍しいものには出会えなかった。わたしの目が冴えてなかったのか。もっといろんなことに疑問を抱いて、たくさん質問したら気づきが増えたんじゃないか、とか考えた。アンテナが弱い。
小さい桃と、まるっこいズッキーニと、ひよこ豆と、コーヒーを買って帰宅。

japonesita(日本人の女の子)だよ、chinita(中国人の女の子)だよ、とお野菜を売るおばあちゃんたちが言っているのを聞いて、japonesa(日本人)だよ〜と返す。

物珍しいものを求めて行ったけど、物珍しいのはわたしか。

メキシコシティではあまり見ないさつまいも

14時ごろに家に着いた。先週親戚の集まりで出会った家族と会おうと思って連絡をとっていて、家に着いたら向かいに行くから連絡して、と言われていたから家に着いた〜と送ったらそこから音信不通。追い連絡をするのも違うか、と思っていたら夜を迎えた。
また今日も何もしない一日を終えてしまった。今後の予定も確実に決まっていることが少なすぎる。このままだと暗いのが連鎖してしまう!!脱却して!自分!あと早く支払日過ぎてキャッシングの上限から脱却したい!!

7/26 tシャツ2枚持ってきて

連絡していたのに会えないまま Oaxaca を離れるのはなんだか嫌だな〜と思ったし、メキシコ人のことだからなんか予定の変更でもあったんだろうなと思って、今日会える〜?と追い連絡をしてみた。

もちろん!tシャツ2枚持ってきて!!

って返事が来た。いや、なぜ?
週末にかけて家に泊まっていきな〜とのこと。そして20分後に旦那さんが車で迎えに来てくれるとのこと。急展開すぎてびっくり。
土日に用事があったけど、まぁその場の成り行きにまかせようと、とりあえず荷物をまとめて迎えに来てくれた旦那さんと7歳の娘さんと出発。

久々に誰かと食べたお昼ご飯は、なんだかホッとした。
お母さんの仕事が終わるのをみんなで待って、お家に帰る途中に観光地に寄ってくれてオアハカ名物 tejate を飲んだり、博物館に行ったり。

・オアハカ名物の「神の飲み物」
・先スペイン期から飲まれていて、種まきと収穫の儀式のときに飲まれていたらしい
・材料:トウモロコシの粉、すりつぶしたカカオ、乾燥させたカカオの花、マメイ(フルーツ)の種をすりつぶしたもの
・大きなボールの中に材料を入れて、冷たい水を上から勢いよく注ぎ込んでかき混ぜると、徐々に白い小さな塊がふわっと浮いてくる
・昔は甘味なしで飲んでいたらしいけど、今はシロップを最初に入れてから上記の液体を入れることが多い(甘さは好みで変えてくれる)
・泡はクリームっぽい舌触り、味は水で作ったうすーいココアみたい(美味しくなさそうに聞こえるけど、わたしは好き)
・冷たくて、栄養満点なので、暑い日にぴったり
・基本的に路上で売られているストリートフード

tejate とは
カラフルな桶みたいなのに入れて飲む!
手作り感満載でなんかかわいい博物館

あなたのお家だと思って過ごしてねと言われ、ビールを飲み、少し寝て、映画を見て、お風呂に入って。本当にお家みたいに過ごした。
夜ご飯はまさかの22時に、近所のお店に電話をして配達をしてもらったオアハカ名物の Tlayuda。さすがに食べきれず、半分弱残してしまった。明日食べよう。

でかい

Oaxacaに来てからゼリーを食べる機会が2回あったのだが、メキシコのゼリーは正直おいしくない。イチゴ、ブドウ、とかフルーツ味が多いんだけど、めちゃめちゃ人工的な味だし、ちょっと大きい。出していただいたものは食べる主義だけど、ゼリーだけは無理かも。この日も夜のおやつにぶどうゼリーを渡されたけどお腹いっぱいだからと遠慮した(ゼリーなんて飲み物みたいなものなのに)。

この前半分食べたいちごゼリー(クリーム入り)

7/27 じっくりことこと

お泊まりさせてもらったお家から乗合タクシーに乗って、まちの中心部へ。
メキシコ名物の mole を教えてもらう日。

mole : モーレ
・メキシコで使われるソースの一般的な名称
・地域によって使われる材料が異なる
・使われる材料によって色も味も全然違う(黒、褐色、黄色、緑、オレンジなどなど。甘めのもあれば辛めのもある。)
・基本的に材料が多くて作るのに手間がかかる
・一般的な家庭ではペーストや粉をかって、鶏ガラスープで溶いて使うことが多い
・鶏肉にかけたり、トルティーヤにかけたり
・日本で似てるものをあげるならカレー

mole ってなんだ

知り合いに教えてもらったレストランに数日前に足を運んで、mole のレッスンを受けたいとお願いした。土曜日の9:00からやろう、と即アレンジをしてくれた。一人だけだったので、2種類の mole を作って $1000(¥8200)。何人かで行くともう少し安くなるんだろうけど、他にもオアハカの料理教室と比べても妥当な値段だったし、なにより愉快な家族だったので即決。

📍Coquina Hua Xha

始まりからメキシコだなぁって思った。ゆるい。

8:30 9:00集合だったはずが「9:30にお店で待ち合わせね!」との連絡が入る
9:30 お店の前に着くも誰もいない
9:40 娘さんがやってきてお店を開けてくれる→おしゃべりしながら待つ
10:00 息子さんとお母さんがやってくる→おしゃべり、お母さんが忘れ物をとりに家へ

スタートまで、最初の予定から1時間遅れている笑

10:30 鶏を捌くために市場へ
11:00 他の材料を調達するためにもう一つの市場へ
12:00 お店へ戻り材料を測ったり、皮を剥いたり、下準備
13:00 材料を揚げたり茹でたり
14:40 全ての材料の下準備が終わって、ペーストしてもらうお店でペーストにする
15:00 少量の油で火にかけて、混ぜながら水分を飛ばしてねっとりさせる
16:30 トルティーヤを作る、ペーストを鶏ガラスープで溶く
16:50 全部完成、実食

実食までの長い道のり

いろんな種類がある mole の中でも、オアハカ名物 mole negro (黒いモーレ)と mole estofado (シチューのモーレ?) を教えてもらった。
まず、材料が多い。野菜、唐辛子(何種類か混ぜる)、ハーブ、ナッツなど。

mole negroの材料-甘辛い
mole estofadoの材料-甘い

mole negro の場合は全ての材料を少量のバターで順番に揚げる。

揚げ終わったものを鍋にぽいっ

下準備が終わったらわざわざペーストにしてもらうお店まで行って、ペーストにしてもらう(なんでミキサーじゃダメなのか聞き忘れた)。

おかえり

ここでおしまいかなぁと思ったら、ここから1時間強じっくりことことする。そうすると味がぎゅっと詰まる。

チョコを入れてぐつぐつ
色もテクスチャーも少しずつ変わっていく!

初めてプレス機を使ってトルティーヤを作った。

下にビニールを敷いて、丸くした生地をぽんとして、上からもう一枚ビニールを被せる
ぐいっ
てってれー

いろいろやってる間にお母さんがぐつぐつ煮込んだペーストを鶏がらスープで溶いてくれていて、お米も炊けていた。

右がnegro左がestofado

今でこそ、ペーストを買ってきて鶏ガラスープで溶かすのが一般的だが、昔はこの工程を1から各家庭でやっていた。ミキサーがない時代は metate という、日本でいう石臼やすり鉢のような道具を使って材料をすりつぶしていたという。大仕事だなと思う。ソース一つ作るのにここまでの時間をかけるのも、メキシコ人の食に対する熱い思いを感じる。メキシコの豊かな食材を存分に生かした逸品。

おばあちゃんがお正月に作ってくれるお煮しめを思い出した。にんじん、れんこん、しいたけ、鶏肉。一つ一つ炊いていく。一つのお鍋で一気に炊けば早くできるけど、それぞれの素材の味を活かすために、時間をかける。

毎日こんな風にじっくり料理をすることはもちろん難しい。時短、タイパと叫ばれる世の中。わたしも、基本的に簡単においしくできる料理しか作らない。「〇〇(食材) 簡単レシピ」でよく検索をかける。
でも、時間をかけて食材と向き合うことが、食べることの楽しさ、ありがたみを違った形で思い出させてくれる。それとなんだか、誰かと食卓を囲んだ記憶が蘇ってくる、そんな気がした。

7/28 死後の世界

メキシコシティで知り合った友人が、オアハカに来たので久々の再会。

オアハカはアートであふれている。ギャラリーやアートのワークショップがたくさんある。

📍Centro Fotográfico Manuel Álvarez Bravo

VER A TOLEDO という展示を見に行った。
フランシスコ・トレドというオアハカ出身で、メキシコを代表する画家の、制作過程や日常生活の写真が展示されていた。社会運動家でもあった彼の一面をうかがえる写真もあった。
彼の弟子や周りの人々が撮るトレドは少しお茶目な感じがした。

お祭り期間にほぼ毎日開催されるパレードを見ながらまちをふらふら。
教会の椅子に座りおしゃべり。「人は死んだらどうなると思う」と聞かれる。日本語でも考えたことなかったり、うまく言語化できないことを彼はよく聞いてくる。

わたしは死後の世界についてあまり考えたことがない。死んだ後にも世界があって生活が続くと思うと、少し疲れてしまう。そんなにやることあるかな、贅沢すぎないか、と思う。リメンバーミーみたいな世界が広がっていたら、家族と再会できて、新しい友人ができて、楽しいだろうけど、触れるものごとがあまりにも多くて、生きていた時に詰め込んできたものまで溢れてどこかへ行ってしまいそう。
死んだ後なにがあるかわからないからこそ、やりたいことは生きているうちにやろうと思う。死んだ後、何も待っていないかもしれないから。
そう思いながらも、お寺に言ったらご先祖様に話しかけるし、見守っていてくださいとお願いはする。

海外あるあるだと思うけど宗教について聞かれることが多い。説明できるほど知らないし、かといって自分の考えを伝えられるほどなにか信念をもっているわけでもない。なんにも考えずに日々過ごしているなと、自分が恥ずかしくなる。

他にもいろいろ、いつも考えないことに頭をめぐらせ、ご飯を食べて、またねとお別れした。

まちなかが色で溢れる

なんだか少し暗いけど、そこそこ元気です。
光を取り込んで、上へ上へと。

@Jardín Etnobotánico de Oaxaca, Oaxaca

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